2ー42 湖上の黒城11 玉座の間 広い背中
フレデリクは中衛に上がると、リーズとディアの前に陣取った。
「お嬢さん達! あれを!」
すぐさま少女達に指示を出す。
「ただし、円ではなく点で!」
せっかくの融合魔法だ。一点集中で魔力を凝縮させ、威力をより上げるべきだった。
フレデリクは的確に指揮を取る。
魔法使いは、魔者に休む暇を与えず攻撃を浴びせた。
しかし雨のように降り注ぐ炎の矢も、重い水の砲撃も、岩をも切り裂く風の刃も、光の障壁が遮る。
そして魔者の攻撃もまた、フレデリクの防御魔法が完璧に防いでいた。無属性の魔力魔法を何十発と受け止めても、防御はビクともしない。
その鉄壁の防御に由来する『金剛』の二つ名は伊達ではなかった。
現在フレデリクの防御圏外から攻撃するリュカとランスと共に、シモン、オドレイ、ディア、リーズが魔者の防御を破らんと奮戦しているが、魔者の防御もまた崩れない。
攻撃と防御の応酬が続いていた。
この状況を打破する一撃が必要だ。
(力尽くで、その防御を破る)
威力の高い融合魔法はうってつけだ。そこにフレデリクの魔法が加われば、魔者の防御を破壊し、ダメージを与えられるはずである。
「はぁ……はぁ……」
リーズは乱れた息の合間にフレデリクの指示を聞いていた。
極度の緊張に、手に汗が滲む。
魔法放ち続ける疲労、強者を前にしたプレッシャー、魔者への恐怖ーーそれらが鉛のように重く全身にのしかかった。
(ワタシ達は戦えてる……負けてない……けど、けど……)
勝てるの……?
リーズは無言のまま、半歩後退る。
「リーズ! 考えちゃダメ!」
ディアの声が、辛うじて奈落に落ちかけたリーズの思考を繋ぎ止める。
「呪文に集中しよ!」
ディアの小麦色の頬に、冷や汗が伝っていた。その手が小さく震えている。
彼女も怖いのだ。
当たり前だ。
レオは重傷を負い、すでに戦えない。ジュールの無事もわからない。
(上手くいくの? 通用するの?)
ここは戦場、目の前には魔者がいる。躊躇ってる場合じゃないのは百も承知だ。
(けど、ワタシ達のどの攻撃も効いてない。ワタシ達だけじゃない。さっきのリュカさんの一撃以外全部……)
強大な敵を前に、己の無力さが浮き彫りになる。
自分はなんてちっぽけで弱いのか。
(魔獣とは全然違う。魔者がこんなに強いなんて聞いてない)
魔法使いの攻撃が、絶え間なく放たれる。
魔者はそれを防ぎながら、鋭い反撃を繰り返した。
玉座の間には耳をつんざく爆音が響き渡り、戦場の真っ只中にいながらリーズを周囲から隔離する。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう)
不安が、急速に精神を蝕んでいく。
足が竦む。息が苦しい。
光を纏った無数の攻撃が、地を穿った。
反射的に目を瞑るも、フレデリクが狙い違わず防御壁を張る。
(もし、あの攻撃が当たっていたら……)
攻撃は、フレデリクが防いでくれている。
でも、防ぎきれなかったら?
ワタシ達が魔者を倒す前に、フレデリクさんの魔力がなくなったら?
怖かった。
怖くて怖くて仕方なかった。
一歩間違えれば死ぬのだ。
(やだ。もうやだ。やだやだやだやだ! もう逃げ出してしまいたい!!)
ディアの手を取って、このままーー。
恐怖に精神を飲み込まれる、寸前。
「リーズ! ディア!」
フレデリクに強く名を呼ばれ、恐怖から目覚めた意識が焦点を結ぶ。
「君達はおれが絶対守る! 遠慮はいらない。思う存分ぶちかませ!」
フレデリクが笑った。
戦場には場違いな、明るく自信に溢れた眩しい笑顔……。
その笑顔が、ストンと胸の奥に落ちる。
たったそれだけのことなのに。
恐怖が消えた。
目の前には、フレデリクの広い背中がある。この背中が守ってくれる限り、きっと大丈夫だと思えた。
リーズは表情を引きしめる。
横に立つディアの手を握った。
「リーズ……」
ディアは小さく震えている。その震えごと、リーズはぎゅっと握りしめた。
(怖いのは、ワタシだけじゃない)
ここにいるみんな、怖いんだ。
そして、ここにいるみんなで戦っている。
「やろう」
いつもの強気を取り戻したリーズに、ディアはターコイズブルーの瞳を小さく瞠った。
一人じゃない。
一緒に戦うんだ。
繋いだ手から伝わる思いを受け止めて、ディアはひとつ深呼吸をした。
「おうよ!」
ペロリと唇を舐め、ディアも気合を入れ直す。
「ジル様なら、こんな時も絶対諦めない!」
憧れの魔法使いの姿を思い描き、ディアは自身の姿をそこに重ねた。
恐怖も、自分達の未熟さも今はかなぐり捨てる。
少女達は手を繋いだまま、詠唱を始めた。
(例え、どんなに敵が強くても)
(例え、どんなに自分が弱くても)
こんなところで諦めるか。負けるものか。
(自分達は、一級魔法使いだ!)
(おかしい……)
フレデリクは疑念を隠せず眉をひそめた。
戦闘の采配を振りながら、魔者を見つめる。
思えば、おかしな点ばかりだった。
魔法使いを攫って救出するように仕向け、一級と戦いながらも、魔法使いなど眼中にないようだった。
それに、戦闘開始直後はもっと攻撃が激しかったはずだが、いつからか手を抜いている。
(……レオが、やられてから?)
そこから、手を緩めたのではなかったか?
決定的な違和感は、殺意を感じられないことだった。
(それだけじゃない……悪意や害意、戦いの高揚すら、この魔者からは感じられない)
初めから、煩わしいと言わんばかりに戦っていた。
(それになにより……)
魔者とは元来、誇り高い種族だ。だからこそ彼らは普段、人間に見向きもしない。
けれど、ひとたび誇りを傷付けられたら話は別だった。己が存在を賭けて、恥辱をすすぎにかかる。
その魔者が、リュカに傷をつけられた。
それまで無関心に魔法使いを見下ろしていた魔者が、白皙に怒りを滲ませ、灰色の双眼に明確な殺意が溢れた。
しかし、それだけだった。
(……怒りのままに、苛烈な攻撃を仕掛けてくると思ったが)
傷を負ってなお、魔者は感情を押し殺した。
(魔者が、己の誇りより優先させるものはなんだ?)
予想される答えに、フレデリクは打ち震える。
嫌な予感しかしなかった。
この魔者の目的は、一体なんだ……?
2024/7/7 加筆修正しました。




