2ー41 湖上の黒城10 玉座の間 一級魔法使い
「レオぉ! よく見とけ! これが宿題の答えだ!」
リュカの叫びざま、魔法が発動した。三方向から同時に橋が伸びて魔者の身動きを封じると、リュカは電光石火で攻撃に転身した。一本の橋に飛び乗るとその上を走り、一気に魔者との距離を詰める。
黒城最上階、玉座の間。そこが、戦闘の舞台だった。
吹き抜けの広い部屋は、下層階のような伽藍堂ではない。絢爛豪華な部屋には、毛足の長い絨毯やきらびやかなシャンデリアまであった。部屋の最奥には空の玉座が鎮座し、魔者はまるでその玉座を守るように宙に浮いて魔法使いの前に立ちはだかっていた。
「よくも可愛い後輩、いたぶってくれたなぁ! 『唸れ、オレの拳』!」
振りかぶったリュカの右手に、再び魔力が集まる。硬い岩石に覆われ拳が、魔者に殴りかかった。
当たった——と思われた拳はしかし、易々と掌で受け止められてしまう。腕ごと封じたはずだが、すでに縛めは解かれていた。
「ぬるいな」
小馬鹿にして見下す魔者に、リュカはニッと笑う。
「残念。本命はこっちだよ。『橋架』!」
左拳から、橋と同じ要領で土塊が伸び、完全に虚を突いて魔者の頬を抉った。
白磁のごとき肌に傷がつけられ、魔者は咄嗟に掴んだ右拳を放り投げた。
「貴様、雑魚の分際でよくも……っ」
忌々しげに舌打ちする。そんな様すら、ゾッとするほど美しかった。
見る者の思考を痺れされ、溶かし、魅了する——それが魔者の美しさだった。
力の強い魔者ほど、その姿は美しいとされている。ならば、この魔者はどれほどの力を秘めているのか。
ぬばたまのごとく艶めく長髪は夜の闇より黒く、淡い灰色の瞳は見つめれば吸い込まれそうな錯覚に陥る。その身を包む華麗な黒い服は、魔者の美しさを一層引き立てた。
「その雑魚にやられた気分はどうだ?」
受け身を取ってすぐさま立ち上がり、リュカはニヤッと不敵に笑った。
「退屈しのぎに遊んでやっていれば、調子に乗りおって」
魔者は、頬を擦りながら怨嗟の声を上げる。リュカに傷付けられた右頬から、細く白い粒子が立ち上っていた。
「この機を逃すな! 撃て!」
魔者のわずかな動揺も見逃さず、フレデリクが指示を飛ばす。
すかさずシモンとオドレイが魔法を放ち、風魔法で上空から回り込んだランスが魔者の背後をつく。リーズとディアも負けじと続いた。
魔法使いは扇形に陣を取り、魔者を取り囲んでいた。
数の利を活かし魔法使いは攻めまくり、魔者からの反撃もフレデリクが完璧に防いでいる。しかし、それは魔者も同じであった。圧倒的な魔力量で多彩な攻撃を繰り出し、こちらの攻撃は見事に跳ね返す。魔者の防御は固く、誰もが攻めあぐねていた。
そんな中、リュカが一撃を入れたのである。
「リュカさん、スゲェ」
壁にもたれて荒い息を繰り返しながら、レオが感嘆の声を漏らした。脂汗を流しながら、時折痛みに顔を歪める。胸を押さえているのは、肋骨が折れたからか。
「だろ? 恐れ入ったか、ヒヨッコ」
息を整えに後衛に下がり、滴る汗を手の甲で拭いながら、リュカがニヤリと唇を上げた。
「でも、なンで? さっきは自分で考えろって」
「ん? ああ、あのくらいなら教えてやるけど、レオがあんまり腑抜けてたし、すぐに聞きすぎだったから」
アハハと罪のない笑顔で答えられ、レオはガックシと項垂れた。その瞬間に激しい痛みが走り、うぎゃあと呻く。
「レオ、痛むだろうが、歯ぁ食いしばって耐えろ!」
遊撃手のように近接戦をこなすリュカも、体中傷だらけだった。戦場を動き回り、滝のような汗をかいている。
「あれはリュカだからできることだから、真似しないように」
レオのそばに立つフレデリクが、釘を刺すのも忘れない。
リュカは魔法使いにはめずらしい近接戦闘型で、戦闘スタイルは格闘に近い。炎司アナイスと同じく素の戦闘力が高く、そこに魔法で攻撃力を上乗せしているので、戦闘力だけならギルドでもトップクラスだった。
だがそれは、並外れた身体能力と格闘技術あってのものである。一般的な魔法使いが真似しようと思ってできるものではなかった。
かくいうフレデリクも、前衛、中衛、後衛と三重の防御魔法という荒業を発動しながら、陣頭指揮を取っている。
「さすがに、真似できるとは思ってませんよ」
痛みに耐えながら、レオは力なく笑った。
こんなザマで、どの口がそんな大言を吐けるのか。
「——レオ」
顔を歪めるレオを、リュカがチラリと一瞥する。
「オレらの戦い方、目に焼き付けとけ」
重傷のレオを慰めもしない。かと言って、責めも嘲りもしなかった。
リュカは一言だけ言い残し、再び前線に戻っていった。
レオが負傷して以降、戦闘は膠着状態だった。
そこに、リュカが一撃を入れた。
(戦況が大きく動く……)
フレデリクが後衛から戦場を見回す。
シモンとオドレイは前線を維持していた。リーズとディアは、魔者におびえながらも果敢に戦っている。なにより復讐に駆られて猪突猛進するかと危惧していたランスが、指揮を乱さず冷静さを失っていないのは大きい。
「『嵐』!」
ランスは、荒れ狂う水と風を従え連発していた。融合魔法である。
(見せつけてくれる……!)
属性複数持ちが羨ましがられるのはその魔力量だけでなく、威力の高い融合魔法を自分一人で放てるからだ。
二色持ちの強さを、ランスはまざまざと見せつけていた。
だが、気掛かりなのはその甘さである。
レオがやられた時、ランスはレオを助けることを優先した。攻撃の絶好の機会だったにも関わらず、だ。
(リュカが気に入りそうだ)
内心で苦笑する。
ランスは心の底から魔族を憎んでいるだろうに、それよりも仲間を守ることを選んだ。
リュカは今後、きっとそんな青年を気に掛け、面倒を見るだろう。
(あの甘さを封じさせ、攻撃に注力させれば、戦力として申し分ない)
それに、ランスだけではない。
フレデリクは、戦場を縦横無尽に駆け回るリュカに視線を転じた。
リュカは、戦闘の主砲とて十二分に働いてくれている。
魔力の削り合いのような戦いの中で、リュカが投じた一石で、変化が生じるだろう。
魔者に傷を付けた。
それにより、戦局が大きく動くはずだ。
(だが、勝機はある)
魔者が動くなら、こちらも駒を進めるのみ。
フレデリクはリュカを後衛に下がらせ、自身は中衛に進んだ。




