2ー34 湖上の黒城3 二階 受難
「あああああああああ! もおおおおおお!!」
レオが走りながら悪態を吐く。きらびやかな部屋をいくつ走り抜けたか、もはや数えられなかった。
ドン! ドン! ドン! と土の壁で進行を防ぐが、魔獣は風の魔法で難なく壁を破ってくる。
「なンだってンだよおおお!」
続けざまに魔法を発動して魔獣を蹴散らすも、魔獣はすぐにレオに追いすがる。
「オレがなにしたって言うンだよ!」
サル型の魔獣が十匹、レオを執拗に追い詰めた。個体は小さいが、数が多い。統率がなく、てんでバラバラに攻撃してくるのがまだ救いだった。
「ウキーッ!」
「キキャー!!」
鋭い犬歯と風を纏った爪が、レオを狙う。
土と礫を放つも、すばしっこくて当たらない。運良く命中するも、風の魔法で弾かれてしまう。
「相性最悪じゃン!」
城の中は涼しかったが、走り回って汗だくだった。ハァハァと荒い息の合間に汗を拭うも、汗が目に入って滲みる。
思わず片目を瞑ると、走る速度が落ちたのを見逃さず、魔獣が飛びかかってきた。風を纏った爪が二の腕を擦る。
「っぶねーな! もう!」
ローブがなければ、かすり傷ではすまなかった。
だが、この攻撃で魔獣は勢いづいたのか、レオが徐々に劣勢に陥る。
壁に突き当たり、それ以上の逃走を阻まれた。
「くそッ!」
それを見逃さずような魔獣ではなかった。先陣を切るように、一匹が飛びかかる。
その胴を、ドスンッ! と土の槍が貫いた。
追い詰められたかに見えたレオが、不敵に笑う。
「なーンてな!」
レオは背後を壁で守ると、魔獣の群れに真正面から相対した。
「数が多いからって、調子に乗りやがって。そろそろ反撃といこーじゃン!」
ペロリと唇を舐めて、短縮魔法を唱える。ド、ドドンッと地面を揺らし、数本の土の橋がレオの足元から伸びた。
ーー攻撃にも応用可能だ。
マスターの言葉が脳裏で頼もしく再生される。
「どうよ!」
マスター直伝の魔法が、一直線に魔獣を狙った。が、橋はことごとく空を切る。
「なンでだよ! マスター、どうなってンの!?」
息つく暇もなく魔法を連発するが、どれも魔獣に当たらない。どころかできた橋に魔獣が飛び乗り、上空からもレオを狙ってくる。
「ちっくしょー!」
レオは再び、脱兎のごとく走り出した。このままでは分が悪い。目に眩しい部屋を右に左に曲がり、仲間を探した。
「ジュールー、どこにいンだよー!!!」
❖ ❖ ❖
「なんでこの状況でも、ばっだり会うのがアンタなのかしら」
憎まれ口を叩きながら、オドレイがヒールを鳴らして足速く部屋を横切る。
「うっせい、知るかよ!」
横ではシモンが、風魔法を魔獣に放っていた。文句を言いながらも、的は違わず魔獣は霧散する。
「あ~あ、どうせばったり会うなら、マスターが良かった」
「……は?」
オドレイが、後ろから躍り出てきたもう一匹の魔獣に炎の短剣を撃ち込んだ。外すようなヘマは、もちろんしない。
「なによ」
いつもなら秒で言い返してくるシモンが、剣呑な声を上げたきり黙っでいるので隣を見れば、なにやら不機嫌である。
「あんたは、最強の魔法使いの魔法を間近で見たくないの?」
「あ、そーいう意味で……」
あからさまにホッとするシモンに、オドレイは半眼を向ける。
「なんだと思ったのよ?」
まただんまりを決め込む相棒に、イライラしながらオドレイは踵を大きく鳴らした。シモンはいつも、肝心なことはなにも言わない。
オドレイが文句を言ってやろうと口を開きかけると、シモンがサッと片手を上げた。
口元に指を当て、オドレイを静止する。
シモンが風魔法を使うまでもなく、切れ切れに声が聞こえてきた。
「ーー…い! ……け…くれー!」
しかも聞き間違いでなければ、その声は彼らにとって聞き馴染みのある声だ。
「おーい! ここだー!」
駆けつけてみれば、捕らわれていたのは、やはりよく知る人物である。
「シモン〜、オドレイ〜、ありがと〜! 助けに来てくれたんだね!」
「ベルナール!? 行方不明の魔法使いってアンタだったのか!」
魔法学校からの友人に、ひょんな形で再会してしまった。
「さすが我ら同期の星、早く出してー」
「あー、はいはい。危ないから下がってろ」
シモンが魔法で檻を壊す間、オドレイは周囲の警戒にあたる。学校卒業からの相棒は、なにも言わなくても役割分担ができていた。
「しかし、ベルナール……太ったな?」
「いやぁ、奥さんと食べるご飯が美味しくて、幸せ太りってやつ?」
檻から助け出してやりながら、確実にふっくらした友人に指摘すれば、ベルナールはデレデレと惚気ける。
「この新婚が!」
「二人も早く結婚すればいいのに」
「な、な、な、なんでおれがオドレイと!」
「あたし達はそーいう関係ないでは!!!」
別にシモンとオドレイで結婚しろとは言っていないが、焦って否定する二人に、ベルナールは乾いた笑いを漏らした。
「相変わらずだなぁ」
お互い意識しまくりなのに、顔を合わせては喧嘩ばかり。いつまでも子供じみた関係を続ける二人に、とっととくっつけ、と言うのが友人一同の総意である。
❖ ❖ ❖
「ここどこだよ〜」
やっと魔獣を倒したと思ったら、今度は現在地がわからなくなってしまった。真っ直ぐ進んでも、右に曲がっても左に曲がっても、同じ様な部屋だけが続く。
「こンなン迷路じゃン……」
どこに行き着くわけでも辿り着くわけでもなく、グルグルグルグルグルグルとレオは豪華な部屋を歩き回っていた。
「ジュール〜、どこ〜」
トボトボと歩きながら、親友を探し求める。こんな時こそ頭の良いジュールがいれば、迷路なんて簡単に抜けられるのに。
「あ、あれは……!」
途方に暮れるレオは、前方でスッと横に消えた黒いローブに顔を輝かせた。
「ランス先輩!」
水色の裏地を持つ青年に駆け寄る。親しい間柄ではないが、こんな所で仲間に巡り会えれば嬉しいに決まっていた。
「レオ、無事だったか」
「うす! いやぁ~、ランス先輩に会えてよかったっす〜。もお、ここ、おンなじ部屋ばっかで意味わかンなくて! あ、そっちの人は、行方不明の三級の人っすか? ども〜」
喜びに浮かれて、テンション高くまくし立てる。ランスは、いかにも研究職といった眼鏡で気弱そうな男を連れていた。
「さっすがランス先輩、ダブルは伊達じゃないっすね! 行方不明者まで救出して、頼りになるっす!」
「おべんちゃらはいい。行くぞ」
調子の良いレオを、ランスはばっさり切り伏せる。
レオがよくよく見れば、ランスは軽口を叩けるような雰囲気ではなかった。ピリピリとして、触れれば切れそうな空気を纏っている。こんなにノリが悪ければ、喜びを分かち合うこともできない。
「……へーい」
レオは肩を竦め、ランスの後に従った。そして彼らはすぐに、もう一人の魔法使いと出会うのである。




