2ー33 湖上の黒城2 一階 合流
遠くの部屋に、よく知る後ろ姿が見え隠れする。豪華な部屋には目もくれず、ディアが駆け寄った。
「リーズぅぅぅ!」
「ディア!?」
再会を、二人の少女は抱き合って喜んだ。
この空間に飛ばされ、早々に仲間と合流できたのは運が良かった。似たような部屋をひたすら歩き続けて、ようやく現れた横部屋に入った価値があるというものだ。
「こうしてワタシ達が会えたってことは、他の人もここにいるってことよね」
「だね。まず、みんなを探そう」
ディアは短く呪文を唱えた。風魔法で周囲の物音を拾い集める。
「……呼吸音……一人、……こっちだ」
風が伝えてくるわずかな音を頼りに、ディアはリーズの手を引いて歩き出した。
ドドドドド! ドォーンッ!
炎と水がぶつかり合い、爆発に似た衝撃が空気を揺した。
発生した水蒸気が視界を奪うも、風がすかさず吹き飛ばす。
「きゃああああああ!」
晴れた視界の奥から、牙を剥いた魔獣が飛びかかってきた。
自らに喰らいつかんとする恐ろしい顎に、絹を裂く悲鳴が上がる。ディアとリーズに助けられた三級魔法使いの女性、ナタリーだった。
非戦闘職であるナタリーは、魔獣と遭遇したことも、ましてや戦ったこともない。そもそも捕われた三級魔法使いは全員、ソウワの街に地質関連の調査に来ていた技術職、研究職だった。
ディアが素早く風魔法で魔獣を弾き飛ばし、リーズが炎で壁
を作り、距離を稼ぐ。
「数が多いわ! 逃げましょう!」
ディアの背に庇われながら、ナタリーが訴えた。
しかし、恐怖におびえる女性を振り返り、小麦色の肌の少女はニッと笑ってみせた。
「だーいじょうぶ! 任せて!」
「なに言ってるの!? 私では、あなた達を守れないわ!」
ナタリーは撤退を提案するが、隙を窺う魔獣と睨み合う少女達は取り合わない。
「お姉さん、優しいね。でも、大丈夫だよ」
「あなた達になにかあったらどうするの!」
「一級舐めんな」
焦るナタリーに、リーズがピシャリと言い切る。
「ジル様みたいにはできないけど、アタシ達がお姉さんを守るよ! もう誰もアタシの目の前で、理不尽に死なせたりしない」
かつて自分を助けてくれた水司の姿を思い浮かべ、ディアが約束した。
「わかったら、大人しく守られてろ」
女性には、リーズ達は子供に見えるのかもしれない。しかし、彼女達にはすでに何体も魔獣を倒した経験があった。
対峙する魔獣は六匹。オオカミ型だった。
魔獣は、皇八島に生息する野生動物と姿が似ているが、その性質も同じくすることが多い。
一際大きな体躯の魔獣が、この群れのボスだった。黒い両眼で魔法使いを見据え、獲物を狙い定めている。一番弱いものを狙うのは、狩りの定石だ。
「させないよ」
ディアが魔獣の視線を遮り、ナタリーを守る。
一匹の魔獣が、タッと地を蹴る。それが合図だった。
魔獣は広い部屋を存分に使い、攻撃を仕掛けてきた。
オオカミの狩りは、群れによる連携攻撃だ。リーズと二人でナタリーを挟んで死角をなくすが、上下左右から水の攻撃が、時には牙や爪が襲いくる。
風が爪を弾き、炎が水を打ち消すが、一匹の攻撃を防いだと思ったら、別の一匹が隙をついてくる。
六匹の波状攻撃をなんとか二人で捌くが、普段は四人で戦っている分負担が大きい。
「リーズ、あれ、やろう」
ディアが、悪戯っぽくターコイズブルーの瞳を輝かせた。リーズもすぐに理解する。
「いいねー。こんがり消し炭にしてやろうじゃない!」
「おうよ!」
「お姉さん、走れる?」
「え、ええ」
「じゃ、ついて来て!」
言うが早いか、ディアが駆け出した。走ると同時に呪文を詠唱し始める。リーズも遅れずに続いた。
走る速度は、人間より魔獣の方が速い。だが、詠唱の時間が必要だった。短縮詠唱ではタイミングを合わせられない。
詠唱が輪唱のように重なり、魔力が膨れ上がる。
危険を察し、群れのボスが跳躍した。
詠唱を阻止せん、喉笛を狙う。
眼前に迫る、鋭く大きな牙ーー。
ディアがニッと笑った。
「風の波紋!」
「炎の波紋!!」
風と炎の魔法が溶け合い、ひとつとなり、ゴウッ! と城内を駆け抜けた。熱風が、少女達の髪を煽る。
轟々と唸る炎は床を、壁を、舐め尽した。
「ぃよっし!」
リーズがグッと握り拳を作る。
焼け焦げた床に落ちた白宝珠が、魔法の正否を物語っていた。
「イエーイ! 超高火力〜!」
ディアの手にリーズがパチンと手を合わせ、二人してキャッキャと喜びあう。
「なんて威力なの……」
二人の攻撃の凄まじさに、女性が肝を潰していた。
「これが一級ですよ」
眼鏡をクイっと持ち上げ、リーズは平静を装う。けれど、予想以上の火力に舞い上がり、口の端が緩んでしまう。
「アタシ達、戦闘職ですから!」
リーズとは反対に、ディアはふふんと胸を反らして得意げだ。
ナタリーは、そんな二人に頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう」
「どーいたしまして!」
「仕事ですから」
笑顔のディアと照れてそっぽを向くリーズは、まだ大人になりきれていない。だが、その実力は紛れもなく本物だった。
「あら、あれは」
ナタリーが顔を上げた先で、奥の部屋から黒いローブが姿を現す。釣られて、少女達も振り返った。
「フレデリクさん!」
頼もしい土使いの登場に、三人は笑顔で走り寄った。
フレデリクの後ろからニネットが現れると、ナタリーと無事を喜び合う。
対してフレデリクは、難しい顔だった。
「お嬢さん方、さっきなにしたの?」
開口一番、通常とは桁違いの威力の魔法に疑問を挟む。
「融合魔法です。風魔法で空気送り込んで、超高火力の炎でドッカーンと」
ディアは得意満面だが、フレデリクの表情は厳しい。
「それをこの閉鎖空間でしたらどうなるか、考えたかな?」
「逃げ道なくて、魔獣丸焦げ」
簡単明瞭なリーズに、フレデリクが額を押さえた。
窓もない城内では炎も逃げ場がなく、この部屋と繋がった四方の部屋にまで火の手が伸びる。フレデリクが咄嗟に防御魔法を発動しなければ、フレデリクとニネットも丸焦げになっていた。
「大は小を兼ねると言うけれど、魔法は適材適所! もしこの先に捕われたノンカドーがいたら? 時と場所を考えるように」
魔力のない一般人は、炎の勢いに逃げることもできなかったろう。
「ごめんなさい……」
さっきまでの元気はどこへやら、すっかり悄気げてしまった少女達は可哀想だが、しっかり反省してもらわなければならない。魔法の取り扱いは、それだけ危険を伴うものだ。
期待の新人は優秀だが、課題も多そうだった。
「ちゃんと反省できたら、さっきの魔法を正しく使いに行こうか」
「でもフレデリクさん、ここ、ずっとおんなじ部屋ばっかりで」
「今なら、きっとどこかに階段があるはずだよ」
戸惑う少女達に、フレデリクはここの仕掛けを説明する。彼らの仲間が、攫われた三級魔法使いを救い出しているはずだった。
「五人を助けたら、魔者への道が開かれる?」
「そういうこと。じゃ、魔者を倒しに行こうか」
ディアとリーズは緊張を孕みながら、大きく頷いた。
2027/7/5 加筆修正しました。




