2ー30 王子の決意
「ぼくも出る」
王子の言葉に、会議室がどよめいた。
「カイ、騎士隊に連絡を」
その短い命令で、カイが部屋から走り出る。
「ロワメール!? お前、なに言って……!?」
「ぼくも行く」
慌てるセツに、ロワメールは今一度己の意思を伝えた。
「ぼくも、魔者討伐について行く」
「なに言ってる! だめに決まってるだろ!」
「行く」
「だめだ! 許さん!」
反対されるのはわかっていたが、相変わらずの頭ごなしな言い方に、ロワメールはムッとする。
「お前はここに残るんだ! ギルドから出るな!」
幾重にも結界を張られたギルドが、ユフで一番安全な場所なのだ。魔者の出現が確認された今、王子がここから出るなど論外だった。
「いやだ」
「だめだ。ここにいるんだ。今度ばかりは許さん!」
色違いの瞳とアイスブルーの瞳が睨み合う。
「今度の敵は、裏切り者でも魔獣でもない。魔者だ。お前がなんと言おうが、絶対に連れて行かん!」
「セツがなんて言っても行くから」
同い年のジュール達はいいのに、何故ロワメールはダメなのか。
それは、ロワメールより魔法使いを信じているようで、頼りにしているようで、ムカつく。
「お前はいつもいつも! 少しは俺の言うことをきけ!」
ロワメールは口をへの字に曲げ、ツーンとそっぽを向く。
「ロワメール! 聞いてるのか!?」
司は呆気にとられ、魔法使いはハラハラと二人を見守るしかできない。
「カイサマいないのに、どうしたら……」
言い争うロワメールとセツに、ジュールはオロオロした。止めるべきだが、どうやって間に入ったらいいかわからない。
「マスターと王子様がケンカしてる……」
「ってか、頑固親父と反抗期の息子?」
うひゃぁとディアが囁やけば、レオが頭の後ろで手を組み呑気に喩えた。
「どっちかって言うと、過保護な父親と、それが煩わしい息子」
半分笑いながら、リュカが修正する。
「なるほどねぇ」
フレデリクは、面白そうにロワメールとセツを眺めていた。
図太い神経の持ち主が多い一級魔法使いだけが、物見高くマスターと王子のケンカを見物している。
「ロワメール、頼むから、今回だけは言うことを聞くんだ」
「……魔法使いは連れて行くくせに」
ボソリと口の中に本音を吐き出し、不貞腐れるロワメールは拗ねた子供そのものだ。
「すぐ帰って来るから、な?」
「そんなこと言ってるんじゃない!」
まるで駄々をこねているみたいに言われて、さすがにロワメールがカッとなって言い返す。
アイスブルーの目が、困り果てていた。
誰より強いのに。最強なのに。
(そんな顔、させたいわけじゃないのに)
心配で堪らないのだと。
決まり悪げに、ロワメールはフッと視線を落とす。
(なんだよ……)
そんな顔されたら、ぼくが悪いみたいじゃないか。
「……セツ、言ったよね」
小さく深呼吸をし、ロワメールは落ち着きを取り戻す。
「魔法使いを守るのがマスターの役目だって」
「あ、ああ」
戸惑うセツを、ロワメールは真っ直ぐに見つめた。
引かない。これだけは譲れない。
セツに守るものがあるように、ロワメールにも守りたいものがある。
「なら魔法使いもマスターも含めて、この皇八島に住む全ての人を守るのが王族だ!」
セツが大きく息を飲んだ。
セツだけではない。この場にいる全員が王子を見つめた。
「ぼくはなにも、魔法使いを裁きたくて今回の法案を言い出したんじゃない。法の下で裁きを受けさせるということは、法の下で庇護するということだ」
王子が司と協議を重ねていることは、皆すでに知っている。それが、魔法使いを法の下で裁く為のものだということもだ。
「国王陛下の名の下に、皇八島全国民が平等に法の庇護を受ける。ならば王子であるぼくが、国民を守るのは当然だ」
よく通る声が、会議室の隅々まで響き渡る。部屋は水を打ったように静かだった。
「セツ、ぼくだってわかってる。魔者と戦おうとは思ってない。だからそれは、セツに頼むしかない」
叶うなら、共に戦いたい。けれど、それは望めない。だから。
「でも、魔法使いが攫われたんだよね? その魔法使いが、怪我をしていたら? 救出の際、戦闘になって新たな怪我人が出たら? 救助と保護、搬送が必要でしょう?」
「………」
「それに騎士だって、魔獣となら戦える。魔法使いが詠唱する間、魔法使いを守ることができる」
セツは無詠唱で魔法を発動できるが、他の魔法使いは違う。強力な魔法になれば、それだけ呪文を唱えるのに時間がかかる。その間、魔法使いは無防備だ。
「騎士と魔法使いは、ノンカドーと魔法使いは、一緒に戦えるんだ」
助け合い、手を取り合い。
さっきまで茶化していた一級達ですら、黙って王子の話に耳を傾けた。
(こいつは、そんなことを考えていたのかーー)
あんなに小さかった赤ん坊が、いつの間にか成長して。
守っていたはずの相手に、守るのだと言われてしまった。
もう子供じゃない。頭では、わかっていたはずだったのに。
「マスター、それほど心配なら、殿下は手元に置かれた方がいいんじゃないですか?」
頃合いを見計らい、フレデリクが助け舟を出す。
「もし魔獣が街を襲ったら? その魔獣がこのシノンにまで来たら? マスターは殿下が心配で、魔者どころではないのでは?」
その嫌なシナリオに、セツが顔をしかめる。縁起でもない。
「マスターのそばの方が安心だと思いますよ。マスターが」
セツはぐうの音も出なかった。
まさしくその通りである。
ロワメールがチラリと目を向けると、フレデリクがにっこりと笑顔を返した。
内心で舌打ちする。癪に触るが、今はこの魔法使いの言葉に乗ったほうがいい。
「セツも言ったよね? セツのそばが一番安全だって。セツがいるのに、危ない目に合うわけがない」
とびきりの笑顔は、信頼の証だ。
「ああ、もう、お前って奴は……!」
セツは言葉の代わりに、ぐしゃぐしゃと銀の髪を掻き回す。
「いいか? 絶対、絶っっっ対に、俺から離れるんじゃないぞ?」
「うん」
「言うことはちゃんと聞くんだ。いいな?」
「うん。約束する」
「魔獣が襲ってきても、俺が対処する。この前みたいに飛び出さないこと」
「う、うん」
「無闇矢鱈と剣も抜かないこと」
「うん」
「なにかあれば、隠さず言うこと」
「うん」
「常に冷静に対処しろ。熱くなるなよ?」
「う……うん」
「ああ、それから」
「って、長いわ!」
ロワメールではなく、レオが堪らずツッコむ。
「マスター、むっちゃ過保護」
「だな」
シモンが顔を引きつらせれば、隣でリュカも苦笑った。
「マスターが、こういう人だったとはね」
フレデリクだけが、可笑しそうにクスクスと笑っているのだった。




