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6 瞳の奥の刃

「ロワメール」

 横を向いたまま、セツはロワメールを見ようとはしなかった。



「はい」

 けれど、その声にこれまでと違う響きを感じ取り、ロワメールは表情を改める。



「お前は、俺の……マスターの役目がなにか、知っているのか?」



「……はい」

 しばらくの躊躇の後、だが、ロワメールは硬い横顔にはっきりと肯定した。

「ぼくなりに、理解しているつもりです」



 王子となり、王宮に上がり、初めて知ったマスターの二つ名――魔法使い殺し。

 それは、裏切り者には死を、というギルドの絶対の掟に由来する。



「ぼくはもう、子どもじゃない」

 全てを承知の上で、ここにいる。

 アイスブルーの目に見つめられても、目を逸らさず、真っ直ぐに見つめ返した。



 五年前、セツは一度もその名を口にしなかった。子どもに聞かせる話ではないと配慮したのか、それともセツ自身、その名を告げることに躊躇ったのか。



 しかし今のロワメールは、その言葉の意味も、セツが背負う重責もわかっている。 

 知った以上、聞かなかったことにする気はなかった。



 アイスブルーの目に、葛藤が浮かんでは消えていく。



 それでもロワメールの覚悟が伝わったのか。セツは小さく溜め息を吐くと、同行を認めてくれた。

「……わかった。なら、ついて来い」



 次いでセツは、ロワメールの後ろで控える背の高い男に視線を向けた。糸のように細いタレ目で、ニコニコと笑みを絶やさない男である。

「そいつもか?」



「この度ご一緒させていただく、カイ・トロワ・ニュアージュと申します。ロワ様の側近筆頭を務めております」

 二十代半ばくらいに見える。側近筆頭ということは、ロワメールの信頼も厚く、有能な人物ということだ。



「セツ様にはロワ様をお救いいただきましたこと、臣下を代表し、厚くお礼申し上げます」

 深く頭を下げるカイを、セツは胡乱に見上げる。



 冷凍睡眠から目覚めたばかりのセツが、宮廷の権力構造を把握しているとは考えられないが、ニュアージュ侯爵家が王子の側近を務める力のある家柄なのは明白である。



 やはり権力者嫌いのセツは中央の大貴族を気に食わなかったか、とロワメールは心配したが、違った。



「……一人だけか?」

 セツはカイが気に入らないのではなく、お付きの少なさに顔をしかめたのだ。



 ロワメールは笑って首を降る。

「ぼくとカイだけで、あらかたのことには対処できますから。ギルドに来るまでは、一応護衛の近衛騎士もいましたよ」



 ロワメールの養父オーバン・リブロウは領の剣術師範で、ロワメールも幼少期から手ほどきを受けている。そして剣の才能に恵まれたこの青年は、多少の荒事に巻き込まれても難なく片付けるだろう。



「だからってな」

 セツは、ロワメールが心配でならないらしい。



 王家は皇八島の要、粗雑に扱っていい存在ではなかった。だというのに供が一人とは、王子として軽んじられているようにセツの目には映ったのだ。



 納得いかない名付け親に、ロワメールは苦笑する。

「セツ、王子ご一行みたいにゾロゾロと移動するの嫌でしょう?」

「……まあ、確かに」

「ぼくも、ああいうのには慣れません。でも、誰か連れて行かないと、陛下も王太子殿下も許可してくれなくて」

 自分の意向なのだと明かして、ロワメールは嘆息する。



 民間人から急に王子となり、いまだ慣れない慣習もあるようだった。

 けれど、いかに治世が安定し治安が良くとも、一国の王子にフラフラ一人で出歩かれては、国民の方が心配になる。



 それをわかっているのかいないのか、当の王子様はケロッとしたものだった。

「本当は、カイもいなくて平気だけど」

「またそんなことを。私泣きますよ?」

 情けない顔を作る側近に、ロワメールは笑う。



「賑やかになりそうね?」

 これまでやり取りを見守っていたアナイスが、マスターの真意を測ろうとその表情を窺った。



 いくら赤子の時に助けた相手とはいえ、セツの権力者嫌いは筋金入りである。

 今回だとて相手が王子だろうと関係なく、セツは難癖をつけて断ると思われていた。それをどう説得すべきが頭を悩ませていたが、蓋を開けてみればどうだ。

 あっさりと同行を許可したのである。

 そして更に、アナイスは驚くこととなった。



「そのようだ」

 王子を見守るアイスブルーの目は、とても優しかったのである。








「よかったですね。セツ様が同行を認めてくださって」 

 ギルドの廊下を歩きながら、ロワメールの耳元でカイが囁いた。



「うん。どうしても反対されたら、シャルル王妃様の……母上の契約を持ち出すつもりだったけど、それをかたに押し切る真似はしたくなかったからね」

 ロワメールも低い声で答える。



 契約は魔法使いにとり、掟と同じく絶対のものだった。例えそれが十八年前に交わされたものでも、効果は有効だ。



「なんてお綺麗な王子様」

「信じられないほどにお美しい……」

 廊下に居合わせた職員は頭を下げて一行を見送るが、ロワメールが通り過ぎると囁きが後を追う。



「まさかよりにもよって、魔法使い殺しとご一緒されるとは……」

「でも魔法使い殺しが、悲劇の王子様を救った魔法使いなんだろう?」

 囁き交わされる雑多な声は、寄せては返す波のようにロワメールの耳を打つ。



「あの時は、魔法使い殺しが人助けをするんだって驚いたけど、実は良い人なんじゃ……」

「馬鹿、そんな訳あるか。冷酷無慈悲の魔法使い殺しだぞ」

「そうだぞ、見ろ。あの白い髪に薄い色の目を。いかにも恐ろしいじゃないか」



 ロワメールは前を向いたまま、表情が色を失っていく。



「ロワ様」

「わかってる」

 穏やかな微笑みは姿を消し、目を瞠る美貌は硬質な冷たさを帯びる。



「ここまでは、計画通り」

 玄関には、出立の準備を終えた馬車が待っているだろう。

 それに乗れば、長い旅が始まる。



「ぼくは、絶対に救ってみせる」 

 ひそりと零す声は、冷たく硬く。



「誰にも、邪魔はさせない」

 セツと話している時とはまるで別人のような眼差しで、王子は告げる。



「手伝ってくれるよね、カイ?」

「仰せのままに」

 密かに交わされる会話を聞く者は、誰もいなかった……。


 

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