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2ー29 魔法使いの覚悟

「状況を説明しろ!」

 セツは、大股で司の元へ進む。


 大会議室には、本部にいる全魔法使いが集められていた。正面には炎司アナイスと土司ガエル、水司ジルがいる。風司はギルドを留守にしているようだった。


 セツの登場に、それまで不安を隠せずにいた三級、二級が生気を取り戻す。また、セツと共に現れた一級魔法使いに会議室がにわかに活気づいた。


「ついさっき、連絡が入ったの。ソウワ湖に、城が出現したそうよ」

「それ以外の被害は?」

「調査に行った三級魔法使い五名が消えた」

 アナイスとガエルの説明に、セツは眉間にシワを刻んだ。

 ソウワ湖といえば、シノンと目と鼻の先。そんな所に仕掛けて来るなど、ギルドへの挑戦としか思えなかった。


「消えたって、どういうことっすか!?」

 レオが、我慢できずに声を上げる。

「文字通りだ。案内をした漁師の目の前で、忽然といなくなったそうだ」

 ジルの説明に、部屋全体がシンと静まり返った。


 魔法使いギルドがシノンに居を構えて以降、ユフ島での魔者の被害は一件も記録されていない。

 それ故、ユフに魔者はいないのではないかーーいつからか、人々はそんな幻想を抱くようになっていた。

 しかし、仮初の平穏は木端に砕け散る。

 甘い夢を貪る怠惰を嘲笑われ、強烈に頬を叩かれた気分だった。


(横っ面を叩かれた程度で、よろめいてはいられないわ。……けれど)

 アナイスは、駆けつけた一級魔法使いに視線を転じる。

 現在シノンにいる一級戦闘職は十人。その内四人が春に魔法学校を卒業したばかりの新人で、フレデリクを除けば残りのメンバーも二十代だった。

 アナイスの表情が自然と厳しくなる。


「ーーセツ」

 動かせる人員を最大限有効に使うのも、司の責務である。

 アナイスの考えを見抜き、セツが頷いた。

「ああ、俺が出る」

「魔者と、現場の指揮はマスターに任せます」

 アナイスは、全権をマスターに委ねる。


 魔者を倒すセツを目の当たりにすれば、マスターへの信頼はいや増し、また王子の望みを叶える大きな一歩となるだろう。

 魔法使い殺しとして畏怖の対象ではなく、最強の魔法使いとして尊敬を。

 それで、マスターの犠牲に報えるわけではないけれど。

 王子の望みを叶えることが、セツの心を救うことに繋がるなら、それはギルドにとっても価値あることだった。


「アナイスとガエル、ジルはここで全体の指揮を。一級はソウワ湖周辺で待機。魔獣に備えろ。二級は……」

「ちょっ……! 待った!!」

 矢継ぎ早に指示を出すセツを、レオが止めに入る。

「なんだ?」

「待機って、なンすか!?」

「魔者が、配下の魔獣を放つ可能性もある。その際の対処が必要だ」

「そうじゃなくて! なンでオレらなンすか!? 魔獣なら、三級でも倒せますよ!」

「二級にはソウワ、三級には街道の警備をしてもらう」

 マスターの戦術は理解できた。魔族から、街を守らねばならない。だがレオが言いたいのはそうではなかった。

 何故、一級の自分達が待機なのか。


「自分も、魔者討伐に参加させてください」

 水色の裏地を持つ青年が、一歩進み出る。

 レオの気持ちを余すことなく代弁したのはランスだった。


「必要ない」

「わかっています。足手まといにはなりません」

「簡単に言うな。魔獣と魔者は違う。甘く見ているなら、命取りになるぞ」

 強さが違う。魔力量が違う。知能も違う。魔獣と魔者では、雲泥の差がある。一級でも、命懸けの戦いになるのだ。

「自分は、魔族を倒す為に魔法使いになったんです。魔者を目の前にして、指を咥えて見ているなんてできません」 

 青灰色の目には、強い憎しみが宿っている。

 それは、大切な人を魔族に殺された者の目だ。


「マスター、オレ達は一級ですよ? 魔者とだって戦える。戦えなきゃ困る」

 そう言って、パシリと拳を掌に叩きつけたのはリュカだった。『秋雲』での印象とは一変して、好戦的な笑みを浮かべている。


「オレらも戦います!」

 レオが言い募った。

「戦わせてください!」

 セツが見渡せば、一級魔法使いが皆、レオの言葉に頷いている。


 それでも決断できずにいるセツに、ガエルがレオ達の援護に回った。

「マスター、若い奴らに経験を積ませてやってくれ」

「ガエル!?」

 驚くアナイスに、若者の味方となった土司は太い首を振る。

「アナイス、お前さんはちぃと甘すぎる。それじゃあ、いつまで経っても若い奴らが育たん」

 アナイスが、若い魔法使いの身を案じたのは確かだ。しかし、ガエルの言い分も一理あった。

 アナイスは難しい顔だったが、その無言を承諾と都合よく解釈して、ガエルは水司にも確認を取る。

「ジルもいいな?」

「私は……」


 ジルは無意識に、弟を見つめた。

 本心では、彼女も行かせたくない。

 けれど、姉である以上に、この場では司であった。

「止めても、素直に言うことを聞くとは思えませんね」

「違いない!」

 ガエルはガッハッハと大声で笑う。

 血の気の多い彼らのことだ。もし待機を命令しても、勝手に潜入し、戦闘をおっ始めるのは目に見えていた。


 アイスブルーの瞳が葛藤に揺れる。

 経験か、安全か。

 ジュールをはじめ、新人魔法使いはロワメールと同い年なのだ。そんな年若い者を危険に晒したくない。


「マスター、こいつらの面倒を見てやってくれんか?」

 セツは眉間にシワを寄せたまま、ガエルの言葉に唸る。

「なにかあっても、俺の目の届かない所では助けてやれん」

 セツから漏れ出た本音に、その場にいた全ての魔法使いが声を失った。

 この人は本当に、冷酷無慈悲と恐れられた魔法使い殺しなのか。


「マスターはずいぶんお優しい」

 フレデリクがクスリと笑う。

 セツが渋るのは、彼らを心配するが故だ。


 しかし次のフレデリクの台詞に、セツは折れざるをえなかった。

「おれ達は、あなたが眠っている間はギルドを預かる身だ。それに、魔者を倒すのは一級の責任です。信用してほしい」

 次期土司候補は、セツが断れない言葉選びをする。

 セツは、特大の苦虫を噛み潰した。


「覚悟のある奴だけ、ついて来い」

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