2ー28 魔法使いエトセトラ
「マスター、先日はご指導ありがとうございました」
三人が食べ終わるのを見計らい、セツの横に立つ人物がいた。くすんだ金髪に影のある美青年は、見覚えがある。
「あれから少しは柔軟性は身についたか、ランス?」
水色の裏地を持つ、水と風の二色の魔法使いだ。
芳しくないらしく、ランスは目を伏せる。
「いえ、自分はまだまだ未熟で……」
「未熟だとわかっているなら、強くなる余地はあるさ」
食後のお茶を飲みながら、告げるセツの声は優しい。
「マスター、お時間のある時に、また手合わせをお願いしてもいいでしょうか?」
言葉は少ないながらも、ランスからは強くなりたいとの思いが伝わってくる。
「おう、いいぞ」
気安く応じるセツに、レオが隣から声を張り上げ便乗した。
「あ! オレもオレも! また手合わせして!」
「おう」
ランスとは対照的に、レオは緊張感の欠片もなく馴れ馴れしい。
ピクリ、とロワメールの眉が不機嫌にはね上がった。
「自称常識人、ね」
「レオ、あのね、マスターは最強の魔法使いだよ? 自分より目上で、実力も実績もある人に教えを請うんだから、ね?」
マスターに敬意を払え、と。
リーズには鼻で笑われ、温和なジュールからも注意を受ける。しかも笑ってはいるが、ジュールは目が怖い。
「は、はい。すいませン……」
誰にでも気さくなのはレオの長所だが、それが災いして、礼節の試験は赤点だった。
ジュールに勉強を教えてもらったのが仲良くなるきっかけだったが、未だに礼儀をすっ飛ばしては、ジュールに怒られてしまう。
「まったくレオってば、いつも言ってるのに」
嘆息しながら、明るい水色の瞳はそっとロワメールの表情を窺った。
ジュールはどうしても、ロワメールの心の内を慮ってしまう。
マスターが魔法使い殺しと呼ばれることに、王子様がお心を痛めておられる、とはジュールから本部にいる一級魔法使いには伝えていた。
マスターを、魔法使い殺しとして畏怖するのではなく、最強の魔法使いとして敬う。それを目に見える形で示して、ロワメールを安心させたかった。
みんな快諾してくれたが、どうもレオは理解してないようで、ジュールとしては溜め息を吐きたくなる。
「マスター、お初にお目にかかります」
ランスと入れ替わりに、今度は眼鏡をかけた風使いの男が挨拶にやって来た。
「シモンと申します。トウカで仕事をしておりましたが、マスターが胸を貸してくださると聞き及びまして、この機を逃してはならじと馳せ参じた次第です」
どこか商人を思わせる流暢な語り口で、シモンはやけに愛想が良い。
「急ぎ本部に参ったのですが、マスターがお眠りになる前で良かっどわっ!?」
滔々と喋っていたシモンだったが、突如ドンという音と共に、豪快に横に吹き飛んだ。
シモンに体当たりを食らわした美女は、なに食わぬ顔でセツにニッコリと笑いかける。
「オドレイと申します。先日はギルドを留守にしておりまして、手合せの好機を逃してしまいましたの。是非今度、あたくしとも手合わせをしてくださいな」
「この乱暴女! なにしやがる!」
吹っ飛ばされたシモンが起き上がりざま、オドレイに食ってかかった。
「あんたがチンタラ喋ってるからでしょ! このインテリメガネ! 後詰まってんのよ!」
「はあぁ?」
突然額を突き合わせて喧嘩を始めた二人に、セツとロワメールが面食らう。
「んんっ!」
カイが大きく咳払いして、注意を促した。王子の前で口汚く罵り合うなど、もっての外である。
「二人共、仲が良いのは結構だけど、場所を弁えて」
「仲良くない!」
咄嗟に反論した二人だが、恐る恐る振り返り、予想外の実力者の登場に揃って固まった。
「フ、フレデリクさん、いらしてたんですね」
「うん。いたよ」
金髪碧眼の紳士的な土使いは、落ち着いた大人の雰囲気を漂わせていた。
その隣では、同じく黄色い裏地の男が笑っている。
「二人共、相変わらずだなぁ」
「リュカ先輩まで……」
二人は肩を縮ませると、赤面してそそくさとその場を後にした。
「若い魔法使いが申し訳ありません。二人には、後でおれが注意しておきます」
フレデリクが頭を下げた。
一級魔法使いに求められるのは、強さだけではない。
職業上、貴族階級と接する機会も多いことから、ギルドは魔法使いの品格も重んじている。にも関わらず、レオもシモンもオドレイもこの体たらくだ。
一級がこの調子では、二級三級に示しがつかないと、フレデリクは頭が痛そうだった。
フレデリクはセツが手合わせした中で、最も手応えがあった男である。ジュールによると、次期土司候補らしい。
魔法使いとしての実力も人柄も、申し分なさそうだった。
「マスター、先日はありがとうございました。機会がありましたら、またご指導いただけましたら幸いです」
フレデリクの横で、リュカも頭を下げる。
「そうだな……近い内にするか」
その答えに、魔法使い達が色めき立った。
「では、皆に伝えてよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」
指導的立場でもあるフレデリクは、最強の魔法使いとの手合わせという貴重な体験を、より多くの者に経験させたいと考えたようだった。
「仕事を買って出るなんて、セツ様、働き者ですですねぇ」
「後進の育成は俺の仕事じゃないが、司に発破をかけた手前な」
カイに感心され、セツが肩を竦める。
「ま、せいぜい鍛えて、もう少し歯応えのある奴が欲しいところだな」
お茶を啜りながら独りごちた、その時だった。
バタバタと足音をさせ、ギルド職員が大広間に駆け込んで来たのである。
「た、たいへんです!」
本部棟から全力疾走してきたらしい職員が、ゼエゼエと息を切らしながら大広間にいる面々を見渡す。
「マスター、一級魔法使いの皆さん、緊急事態です!」
ただごとでないのを感じ取り、その場に居合わせた全員が職員を見つめた。
職員は緊迫した口調で、入ってきたばかりの情報を伝える。
「魔者が……現れました!」
その一言に、和やかな空気は一変した。




