表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/202

2ー26 悪意の影

「マスター達は、ギルドの食堂には行かれないんですか?」

 ある日の午後、ジュールがそんなことを聞いた。


 ギルド本部には、四つの食堂が併設されている。魔法学校の学食『春日』と、お茶と甘味が食べられる『長閑』、大食堂『夏波』、高級料理を提供する『秋雲』だ。


「俺が行くと、周りが落ち着かんだろう」

 居間のソファに座り、ジュールの手土産『宵闇』夏季限定、朧月夜(水まんじゅう)を食べている。

 透明な葛粉の中に、宵闇特製こしあんと月に見立てたアンズが入っている。美しい見た目もさることながら、口当たりの良い甘さとアンズの甘酸っぱさが絶妙だった。


「そんなことはありませんよ」

 セツは心配したが、むしろ逆である。模擬戦以降、魔法使いのマスターへの見方は一変していた。

 名実共に最強の魔法使いであると証明したセツには、これまでの畏怖とは違う、憧憬と尊敬とが向けられている。

 それに、冷酷無慈悲の魔法使い殺し……それが根も葉もない噂なのは、あの日のセツを見ていれば誰でもわかることだった。


「実は先輩方やレオ達に、マスターは食堂に来ないのかと詰め寄られまして……」

 弟子志願をしたジュールとは違い、接点のない他の者はマスターと話がしたくてもできない状況である。要は、ジュールだけズルいと責められたのだ。


「ロワメール、カイ、行ってみるか?」

「『秋雲』でしたら、殿下とカイサマのお口にも合うと思います」

「私は構いませんが」

「んー……」

 カイとは違い、ロワメールはいまいち乗り気ではない。

 セツの料理が好きなロワメールは、わざわざ他所で食べたいとは思わなかった。

 しかも魔法使いが大勢いるであろう場所に、進んで行きたいとも感じない。


「肉料理も豊富です」

「……行く」

 ロワメールの嗜好をすでに心得たジュールによって、食堂に行くことが決まった。




 その晩、いつものように差し向かいで杯を交わしながら、カイが切り出した。

「セツ様のお耳に、入れておきたい話があります」

 重要な内容であると察して、セツは酒を口に運ぶのを止める。

 ロワメールもセツの隣に座り、冷たい果実水で風呂上がりの体を冷ましていた。


「キヨウで取り調べを受けているレナエルですが、洗脳に近い状態だそうです」

 セツが、杯をテーブルに置く。

「魔法使いの力が強奪可能であるっていう、あれだよ」

 ロワメールが吐き捨てた。

 根拠不明な考えを信じて疑っていなかったのも、洗脳されたからだとすれば、納得がいく。

 問題は、誰が、なんの目的で洗脳したか、ということだった。


「どうも、黒い髪、黒い瞳、黒い服を来た美しい男、が関わっているようです」

 その男が、婚約者を亡くし、失意の底にいたレナエルを唆したということか。

「現在、レナエルの聴取と合わせて男を探していますが……」

 まだ男の目星もついていなかった。


 セツは、険しい顔をして考え込む。

 その男の狙いが魔法使いなのは間違いなかった。しかも、果てしない悪意を感じる。もし、その洗脳を多くの魔法使いが受ければどうなるかーー。

 ギルドも、放置できる問題ではなかった。


「言っておくけど」

 セツの思考を読み取り、ロワメールが念を押した。

「ぼくはキヨウに帰らないよ。セツと一緒にいる」

「……まだなにも言ってない」

 言いそうなことを先読みされ、セツは苦笑した。


「これは、ギルドだけで対応していい問題じゃない! それに……!」

 言い募る銀の髪に、ポンと手が置かれる。


 セツは、困ったような、少し照れたような笑みを浮かべていた。

「俺だって、わかってるんだぞ? 俺のそばが一番安全だって」

 心配性の名付け親の予想外の反応に、ロワメールは驚く。以前のセツなら、有無を言わせずキヨウに帰れと言ったはずだ。

「ただなぁ」

 セツは、わざとらしく特大の溜め息を吐いてみせる。

「ロワメールは、俺の言うこと聞かないだろ?」


 それを言われると、ロワメールは言葉に詰まった。

 思い当たる節がありすぎる。

「それは、その……」

 つい目を逸らしてしまう。


「これからは俺の言うこと、ちゃんと聞けよ?」

 優しい口調に恐る恐る目を戻せば、アイスブルーの目は笑っていた。

「が、頑張る」

 ロワメールはなにも、セツに逆らいたいわけではない。

 ただ前回のように、セツがあんな侮辱を受ければ、我慢できずに飛び出すだろう。

 もしセツに危険が迫れば、誰が止めようと助けに行く。

 だから、それ以外はきちんと言いつけを守ると、誠実に答えたつもりだった。

 しかしこの場合、ロワメールの正直さは裏目に出た。


 ピクリ、とセツの眉が上がる。

「頑張る……?」

「いや、ええと、鋭意努力します」

 膝を揃えて、しかつめらしく誓う。

 けれど、その答えもまた、セツに逆らう可能性があります、と言っているようなもので。


「こんのやろー」

 首元にガッチリ腕を回され、銀の髪をグシャグシャに掻き回された。

「俺の言うこと、聞く気ないな!?」

「そんなことない! そんなことない!」

 言葉とは裏腹に、二人は笑っている。

 セツが少しずつ、かわってくれているのが嬉しくて、くすぐったくて。

 ロワメールは、この時間が少しでも長く続けばいい、そう願わずにはいられなかった。



     ❖     ❖     ❖ 



 シノンから南に下ること、徒歩で半日。

 景勝地として有名なソウワ湖は、大きく美しい湖だった。南はソウワの街が広がり、北には田畑が、西は街道に面し、東にはアマガ峰が迫る。


 一番最初にその異変を目にしたのは、ソウワ湖の漁師だった。


 早朝、シーズン最後の手長エビ漁に気合いを入れて挑んだ彼らだったが、出鼻を挫かれ、湖畔に立ち竦む。

「なんだ、アレは……」

 湖の真ん中に、城が建っていた。昨日までは島ひとつなかった湖面に、一夜にして城ができている。

 何本もの尖塔が建った城は壮麗であるが、漆黒の姿は言い様のない恐怖を掻き立てた。


 漁師達は金縛りにあったようにその場に縫い付けられ、黒城を見つめる。

 ジャリと足元の砂を鳴らし、誰かが後退った。


「ま、魔者だ……。魔者の城だ……っ!」

 その一言に金縛りはとけ、漁師達は一目散に逃げ出した。

2024/7/6 加筆修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ