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2ー25 レオール三兄弟

 翌朝、弟のジュールと双子の兄ジスランが、揃って執務室に顔を出した。

「姉さん、おはよう」

「ジル、おれたちに用だって?」

 呑気にそんなことを言ってくる。

 昨夜散々探しても捕まらなかった兄弟に、ジルは冷たい目を向けた。二人でどこかほっつき歩いていたようだ。


「資料棟に行きたかっただけだ」

 言えば、二人は納得する。

 人には誰しも欠点があるものだ。ジル・キャトル・レオールの場合、それが大の怖がりということである。

 資料棟はかねてから、不可思議な目撃証言が多い場所だった。とてもではないが、ジル一人で行ける場所ではない。


「ごめんね、姉さん。昨夜は兄さんと、ソウワまで手長エビを食べに行ってたんだ」

 心優しい弟は、姉の窮地をほったらかしにしたことを謝る。

「今から行く? ついて行くよ」

「いや、もう行った」

「そんなに急ぎだったの?」

 始業前に資料棟に赴いたと、ジュールは勘違いしたらしい。


「昨夜、カイ殿について来てもらった」

「え、カイサマ? 大丈夫だったの?」

 家格が上の王子の側近筆頭に、ジルが無礼を働くとは思わない。けれどあれほど怖がりで、家族以外にはそれを隠しているのに、無事に資料を取りに行けたとも思えなかった。

「問題ない」


 それまで気怠げにソファにもたれていたジスランが、興味を惹かれて目を上げる。

「カイ……?」

 双子なのでもちろんだが、男女でありながら、ジルとジスランはよく似ていた。サラサラと流れる亜麻色の髪も、切れ長の明るい水色の瞳もそっくりだ。

 ただこの二人の場合、表情や雰囲気が違いすぎた。凛々しく涼やかなジルに対し、ジスランは常に怠惰な雰囲気を纏う。


「ああ、切れ者と噂の第二王子の側近筆頭か」

 第二王子と側近がこの本部に滞在していることは、もはや周知の事実である。

 また伯爵家嫡男として、宮廷の主要貴族の名前はジスランも頭に入っていた。

「どんな奴なんだ?」

「そうだな……」


 ジルはペンを持ったまま、頬杖をつく。

「さすがは王子殿下の側近筆頭、といったところかな」

 協議の席での手強さは言うに及ぼす、プライベートでも頭の回転の速さは目を瞠るものがあった。

 けれど、嫌なイメージはない。

(それに、カイ殿も幽霊が怖いとはな)

 しかもジル以上に怖がりとは、親近感が湧く。


「なにか良いことでもあったの?」

 口元を綻ばせているにジルに、ジュールは首を傾げた。

「ふふ、内緒だ」

 第二王子の側近筆頭の意外な弱点を、人に知られるわけにはいかないだろう。

(この秘密は、守り通さねばな)

 真面目なジルが使命感に燃えている横で、ジスランとジュールがサッと目配せした。

(これは……)

(アリかもしれない!?)


 女の自覚が乏しいジルのかつてない好感触に、兄弟の方が慌てた。

 これは、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。


「姉さん、それならお礼をしないと」

 ジュールがすかさずきっかけを作る。

「そうか?」

「そうだよ! 侯爵家の人に、わざわざついて来てもらったんだから!」

 弟に強く言われ、そういうものかとジルも納得する。


「じゃあ、なにかお礼の品を……」

「姉さん、物じゃなくて、食事とかどう? 『初雪』で夕飯とかいいんじゃない?」

「いや、夜は重いだろう。昼食かお茶でいい」

「それなら昼かな。カイサマはご多忙だし、昼食の方が時間を取りやすいかも」

 セツ家の様子を思い出しつつ、ジュールが提案した。

「昼なら、気軽でお洒落な店にしようか。カイサマは気さくな方だし、その方が会話も弾むかも」

 何故かジルそっちのけで、ジュールはどんどん話を進めていく。


「姉さん、いつの昼なら空いてる?」

「え? ええと、ちょっと待て……今日と明日は予定が埋まってるから、明後日なら……」

 手帳を確認しながらジルが言えば、ジュールが立ち上がった。

「じゃあボク、カイサマに伝えて来るから。ついでに店も予約してくるよ」


 気付けばポツンと、ジルは置いてけぼりを食らっている。

 ジルのことは放置で事態が進んでいるが、ジュールはお構いなしだった。ジルの理解が追いつくのを待っていたら、何年かかるかわかったものではない。


 美人で、真面目で勤勉、優秀な努力家、ジルを褒める言葉は多々あれど、こと色恋に関しては全く無知だった。

 奥手というより、そういう感覚がすっぽり抜け落ちているとしか思えない。山ほどくる縁談も、興味ないの一点張りだ。父母でなくとも心配になってくる。


『いい加減長男』などと親族には陰口を叩かれているが、ジスランだって妹の将来を心配し、好ましいと感じる男ができたら、なんとかしてやりたいとは思っているのだ。

 例え魔法使いであろうと、貴族の子女と生まれたからには、結婚からは逃れられない。

 ならば、少しでも条件の良い相手に嫁がせてやりたかった。


 ニュアージュ侯爵家嫡子で、王子の側近筆頭なら、文句なしの肩書だった。人品卑しからぬからこそ、王族の側仕えとして召し抱えられている。妹の婿として不足なかった。

(不足はないが……)


 ジスランは前髪を掻き上げながら、妹を盗み見る。

 ジスランの胸に一抹の不安が過った。

「ジル、一応確認なんだが」

「うん?」

「不埒なことはされてないだろうね?」

 たっぷりと時間をかけて言葉の意味を理解し。

「不埒なことってなんだ!?」

 顔を真っ赤にして、バァンと机を叩いて憤慨する。

 ジルはプンプンと怒って、兄を無視して書類をさばきにかかった。


(やれやれ)

 よまやまさか、この妹に限って一夜でなにか発展も進展もするわけはなかろうが、ジスランは密かに安堵する。

 ジスランは再び、だらしなくソファに横になった。まだ朝も早い時間だが、大きなあくびがでる。

(さて、カイとやらはどうするかな)


 きっかけはくれてやった。だが、そこから先はカイ次第だ。

(せいぜい頑張れよ、カイ殿)

 妹の執務室で、ジスランは優雅に二度寝を決め込む。

 もしくだらぬ男なら、全力で排除するまでだ。


 妹の将来も心配だが、つまらぬ男にくれてやる気は、ジスランにはさらさらなかったのである。


   

2024/6/14、加筆修正しました。

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