2ー22 似た者同士
刀の稽古を終え、ロワメールが立ったまま水筒からゴクゴクと水を飲んでいる。
「はあぁ〜」
そのロワメールを見ながら、ジュールが大きな溜め息を吐いていた。
じっとりと横目で見れば、大岩に座ったジュールが頬杖をつき、マジマジとロワメールを見上げている。
「はあぁ〜」
今朝はいつにも増して暑く、ロワメールは諸肌脱いで稽古に勤しんでいた。均整の取れた体は細く引き締まり、綺麗な筋肉は同性から見ても惚れ惚れするほどだ。
「……なに?」
「え?」
「え? じゃないでしょ。ぼくを見てそんな溜め息吐かれたら、嫌でも気になるんだけど」
言われて、ジュールは自分が溜め息を吐いていることを自覚した。
「す、すみません! なんでもなくて!」
「なんでもなくて、そんな大っきな溜め息吐かないでしょ」
ジュールの横に無造作に腰を下ろし、再び水筒に口をつける。早朝とはいえ、暑い。激しく動いたせいで、すでにたっぷりと汗をかいていた。
「あー、えーと……」
わずかに躊躇い、ジュールは重い口を開く。
「殿下みたいにお綺麗でも、それだけ背が高ければ、女の子に間違われないだろうから羨ましいなぁって」
汗を拭いていたロワメールは、複雑な顔になる。褒められたようで、褒められていない。ロワメールは、カイのような長身というわけではなかった。176セトルは、平均より5セトルくらい高いだけである。
だが、女性に間違われない云々に関しては、別問題だった。
「……ボクはこんな見た目だし、背もまだ低いから、女の子によく間違えられるんです」
美少女にしか見えない可愛い顔で、盛大に溜め息を零す。
「ぼくもこないだ、土司の孫にお姉ちゃんって言われた……」
「殿下もですか……」
二人揃ってどんよりした。
今でこそ身長も伸び、王子の肩書があるから、女性に間違わられることは減ったが。女物の着物を着て黙って座っていれば、ロワメールとて女性に間違われるだろう。
刀を振る為に体も鍛えているが、どれだけ鍛えても筋骨隆々にはならず、おまけに着痩せする。
「新しい店ができたって聞いて、昨日レオ達と行ったんですが、そこで……」
女の子に間違われたらしい。
「し、しかも、レオの彼女って……!」
「……うわあ」
ロワメールが思いっきり同情する。
間違われるだけでも傷付くのに、その上友達の彼女に勘違いされるとは、傷口に塩を塗り込まれたものである。
「ディアもリーズもいたのに! なんでボク!? そりゃあ隣に座ってたけど!」
ジュールは打ちひしがれた。
ディアとリーズにはゲラゲラ笑われるし、レオは複雑な表情で黙りこくるし、散々である。
「なんで男物の着物着てるのに、女の子だって思う?」
「それね!」
まったくその通りだと、ウンウンと頷きながら、ロワメールが同意した。
「姉さんなんて、男物着てても男に間違えられたことないのに!」
「女性は男に間違われないのに、どうして男は、男物着てて女の子に間違えられるわけ? 理不尽だ!」
「そーですよ! 納得いきません!」
二人は鼻息荒く、世の不公平さに文句を並べる。
根本的な問題は世の中の人々ではなく、自分たちの外見である、ということは彼らの認識の範疇外である。
「ボクだって、そのうち背が伸びて、いつか兄さんみたいに……せめて兄さんみたいに……」
ああ、とジュールは項垂れる。
兄ジスランは、とにかく見映えがした。ジルと似た綺麗な顔に長い手足、肩幅は広く、上背があり、なにをしても様になる。要はカッコいいのだ。
いつかきっと、兄みたいになるはずだと信じて幾年月……。
大器晩成にもほどかある。
「ぼくだって、兄上のようになりたかった」
ロワメールもポツリと呟く。
母にそっくりな容姿に、文句があるわけではない。だがどうせなら、兄のように生まれたかった。
カッコいい兄は、ロワメールの憧れである。
「……でも、さ。女の子に間違われなければいいってもんじゃないよ」
「そうでしょうか?」
慰めるようなロワメールの物言いにジュールは懐疑的だったが、続く言葉でそれが慰めではなく、彼の本心であると理解した。
「ぼく、男でも女でも構いませんって言われるから」
ロワメールは、どこか遠い目をしている。
「ただそのお姿を遠くから拝見させてくださいって言われても、ぼくどうしたらいいのさ」
貴族の令息や令嬢に、自己完結の思いの丈を告げられても、ロワメールは途方に暮れるしかない。女でも構いませんと言われても、そもそも男である。
「ま、まあ、殿下はみんなに愛されてるってことで」
「なに無難にまとめてるの!」
「だってそんなの、どうしようもないじゃないですか〜」
「ええい! 他人事だと思って!」
「だってぼくは、そんな性別を超越した存在じゃないですから〜」
「ぼくだって、そんなの超えてないよ!」
性別を超越してようとしてなかろうと、結局、二人は同じ穴のムジナである。
大岩に並んで座り、なにやら熱心に語り合っているロワメールとジュールの後ろ姿を、セツはテラスの窓枠にもたれながら眺めていた。
(ロワメールは頑固だからなぁ)
だから普段はあれほど素直なのに、一旦意固地になるとお手上げになる。
(意地っ張りだし)
ロワメールはセツに魔法使いが嫌いだと言った手前、なかなかその態度を崩せないのだ。
魔法使いという括りではなく、個々人を認識して気持ちが揺らぎ始めているのに、振り上げた拳の下ろし方がわからなくなっている。
ジュールは人懐こくて、ロワメールと同い年である。いいきっかけになってくれるのではないかと期待したが、功を奏したようだった。
視線を感じたロワメールが振り返り、セツを見て飛び上がる。
「ロワメールー、飯できてるぞー」
見られてしまった、とでも言いたげなバツの悪そうな顔を、セツは見て見ぬフリをした。
「ジュールも来ーい、ついでに食ってけー」
亜麻色の髪の青年も、呼べば一目散に駆け寄ってくる。
セツの見るところ、二人は気が合いそうだった。




