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2ー20 風司モニク・サンク・ペリュシュ

「ようこそ、いらっしゃいましー!」

 風司モニクが諸手を上げて、ロワメールとカイの訪問を歓迎する。


「マスター、殿下、カイ様、お待ちしておりましたー! ……って、あれ? マスターはいらっしゃらない???」

 ギルド研究棟内、モニクの研究室である。

「セツ様は、同席されないとのことです」

「マスターが研究室に来たいと仰るから、てっきり私の研究に協力してくれるんだと思ったのに〜」

 さめざめと泣き崩れるモニクに、カイの脳裏に解剖という単語が点滅した。セツの危機回避能力は高性能らしい。


「モニク、お客様をいつまでそんな所に立たせているつもりだ? 殿下、ニュアージュ様、どうぞこちらへ」

 モニクを叱責したのは、線の太い壮年の男性である。

 男性はモニクに代わり、客人を研究室内へと案内した。室内は書類の山と怪しげな装置が所狭しと並べられ、その中で数名の研究員が働いている。


 ロワメールたちがソファに腰を下ろすと、モニクがちょこんと対面に座った。

「本日は、どういったご用向きでしょうか?」

 見た目にそぐわぬしっかりした口調で、本題に入る。


「現在協議中の裏切り者の魔法使いの件ですが、法案が成立次第、マスターの手を借りずに捕縛したいと考えています。そのための魔道具製作に、風司の力を貸していただきたい」

「魔法使いを捕らえるための魔道具、ですか」

 風司は、明らかに危惧を抱く。ロワメールが補足した。

「無論、その魔道具が完成しても、正規の使用法以外は硬く禁じます」

 未だに司から新法の承諾は得ていないが、準備だけは進めておきたかった。合意を得てからでは遅すぎる。


「現在魔道具職人と、魔剣の構造が役立つのではないかとのロワメール殿下の提案で、魔剣鍛冶師にも協力を要請しているのですが、難航しておりまして」

 カイが詳細を伝えれば、風司は察しがついたようだった。

 魔法を封じるためには、魔力を封じなければならない。そこで魔力研究の第一人者モニクに白羽の矢が当たったのだ。


「魔剣……」

 魔法使いには無用の長物である上、希少な武器。風司は興味をそそられたようだった。

 そこで、ロワメールが腰から黒塗りの刀を抜く。

「これです」

「拝見いたします」

 モニクが両手で黒刀を受け取り、マジマジとを見つめた。刀身に魔力を宿した刀剣を魔剣と呼ぶが、この刀からは一切魔力が感じられない。

「ミーくん、魔力わかる?」

「いや、オレにはわからないが。人前で、その呼び方はするな」

 お茶を運んで来た男性が渋面を作った。

「いい年して、こんな厳つい男がミーくんとか、物笑いの種でしかないだろ」

 耳を赤くして文句を言うが、モニクはすでに魔剣に夢中である。不慣れな手付きで鞘から刀身を抜くモニクを、男性がハラハラと見守った。


「これは……!」

 途端に感じた四色の魔力に、モニクは言葉を失った。そしてそのまま、刀を戻し、また出すを数回繰り返す。

 すると、風司から不気味な笑い声が漏れ出した。

「ふ、ふふふふふふふふ」

 思わずカイの肩がビクリと震える。

 目がキラキラと輝きだし、口元がヘラリと緩んだかと思えば、モニクはためつすがめつ刀を検分しだした。


「そう言えば、貴方はこちらの研究室の?」

「主任研究員のミカエルです。風司の助手を務めています」

 魔剣に心奪われている風司を待つ間、間を保たせるようにカイが問いかけると、ミカエルも慣れた様子で受け答える。

「仲がよろしいんですね。恋人同士ですか?」

 カイが冗談半分にからかうと、ミカエルは案の定顔を赤らめ、視線を逸らした。

「あ、いや……」

 様子を盗み見ていた研究員から、忍び笑いが漏れる。ミカエルが睨みつけると、同僚達は堪らず笑い出した。

「無理ですって。主任が司にベタ惚れなの、バレバレなんだから」

「よ! 美女と野獣!」

「うるさい! 黙っで仕事しろ!」

「はーい」


 ミカエルは苦虫を噛み潰す。咳払いで気を取り直し、一応訂正した。

「その、恋人ではなく、婚約者です」

 これには、ロワメールも驚く。モニクは二十前後であろうが、ミカエルは三十代後半に見えた。


「道理で、お似合いのはずです」

「あ、いや、……ありがとうございます」

 ありきたりな社交辞令に、ミカエルは首まで赤くなる。

 その純朴な反応に、ロワメールはつい口元が緩んでしまった。方やカイは、違った感想を抱く。


「風司はお偉いですねぇ」

 これ見よがしにモニクを持ち上げた。

「お若いのに、すでに結婚を決められて。殿下なんて、婚約者すらお決めにならないのに」

「なんでそこで、ぼくの話になるの!?」

 ロワメールがギョッと目を剥く。


「お年の近い風司は、もう婚約してるんです。殿下も見習ってですね」

「あーもう、うるさい! カイだって特定の恋人いないの、ぼく知ってるんだからね!」

 ロワメールは反撃を試みるが、側近も引かなかった。

「私は殿下のお世話で忙しいんですよ。それに、貴族の結婚に恋愛は必要ありません。家格が釣り合い、婚姻によってお互い利益を得る相手と結婚するだけです」

「またそんな冷血漢なことを」

 結婚を政略としか見ないカイに白い目を向ければ、いけしゃあしゃあと反論してくる。

「失敬な。結婚したら大事にしますよ。と言うか、私のことはどうでもいいんです」

「ぼくのことだって、今どうでもいいよ!」

「あの……」

 ミカエルは言い合う主従を放置できず、割って入った。


「……モニク、オレより年上です」


 こういう勘違いには慣れきったミカエルが、粛々と真実を伝える。

 それは今日一どころか、ギルドに滞在して一番の驚愕の事実であった。



     ❖     ❖     ❖



「もうさ、驚いたよね」

「ですねぇ。驚きすぎて、あの後話が飛ぶかと思いましたよ」


 衝撃醒めやらぬその日の午後、シノンの街を歩きながら、ロワメールとカイは声を潜めて囁き合う。


 風司からは快諾を貰えたが、正直それどころではなかった。

 二十歳頃と思っていた女性が、ざっと倍以上年上だという驚愕の事実。

 女性の年齢を話題にするのは紳士にあるまじき振る舞いだが、あれは反則である。


「セツ知ってたの?」

「まあ、話しぶりから見た目と実年齢が違うことはな。ただ、俺もいくつかは知らない」

 モニクの実績を鑑みれば不思議はないが……あの容姿は詐欺ではないか。


「女の人って怖いね……」

 ロワメールの一言にしみじみと同意したところで、彼らはピタリと足を止める。思わぬ所で思わぬ人物と出くわしたからだが。


「じゃあ、ジィジといっちょに食べまちょうね〜」

「わぁい! ジィジ、だいちゅき〜!」


 小さな女の子を抱っこして、強面で知られる土司ガエル・ノワゼが鼻の下をデレデレに伸ばしていた。

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