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5 アン・ラギ

「王子?」

 ソファに腰を落ち着けはしたが、セツは腕を組んで考え込んでいた。ひとしきり首を捻っている。



 無理もない。簡単に信じられる話ではなかった。



「ぼくの今の名前は、ロワメール・アン・ラギと言います」

 ラギは王家の姓、アンは王族を意味する。

 胸元に手を当て、居住まいを正す姿は王子らしい気品に満ちていた。



「俺はお前を、ユーゴのオーバン・リブロウとミシェルに託したはずだ。王家に預けた覚えはないが……」

 確かに五年前は、ユーゴ島で騎士夫婦に育てられていた。

 何故寝て目が覚めたら、その子がいきなり王子になっているのか、不思議でならないらしい。



「セツが十八年前契約を交わした方は、キスイ国王陛下のお妃様であらせられる、シャルル・シルヴィ様だったんです」



 シャルル王妃は妹の結婚式に参列した帰途、急に産気づいた。早産だったが、道中の村で無事王子を出産。

 銀の髪、世にも美しい色違いの瞳を持った王子の誕生は、早馬ですぐに、キキ島キヨウ王宮の国王に伝えられた。



 悲劇が起きたのはその後である。王妃と生まれたばかりの王子が滞在していた村が魔獣に襲われたのだ。

 そして王子だけが、魔法使いによって助けられていた。



 視察に赴いたユーゴで、国王自ら王子を見つけたのが五年前のこと。あの時の皇八島は、国中がお祭り騒ぎだった……。



「セツがぼくに会いに来てくれた、その一ヶ月後です」



 アイスブルーの目が、ロワメールを見つめる。



「大丈夫ですよ。そんな顔しなくても。今も刀の稽古は毎日欠かさないし」

 養父の後を継ぎ騎士になるはずだった青年は、腰の黒刀に触れ、笑ってみせた。



 他の選択肢を許されるわけもないが、ロワメールは王子として生きる運命を受け入れている。

 言いたいことも聞きたいことも色々あるはずだが、セツはその全部を飲み込んだ。



「元気でやっているのか?」

「はい。国王陛下も王太子殿下も、とても…………良くし過ぎてくださいます」

「そうか……。お前が元気なら、それでいい」



 ロワメール自身が受け入れた運命を、セツもまた多くを聞かずに受け入れてくれる、その優しさにロワメールは感謝した。



「いいですか、くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないように」

 他の司共々、セツの後ろでやりとりを見守っていたアナイスが、現状を理解したセツに釘を刺す。



 ここまで寛大な心で見逃してもらったが、セツの言動は十分不敬罪にあたる。掟の執行者であるマスターが逮捕されては、シャレにならなかった。



「む……」 

 目の前に座るのはセツが助けた赤子だが、もはやただの青年ではない。この国の第二王子なのだ。

 それを踏まえろと言われ、セツは唇を引き結んだ。



 アナイスの言い分はもっともだが、納得できていないのは一目瞭然である。そしてそれは、ロワメールにしても同じだった。



「セツは、ぼくの命の恩人で名付け親です。どうかこれまで通りで」

 王子と魔法使いという間柄になっても、二人には二人の関係がある。

 どれほど炎司の言うことが正しかったとしても、ロワメールはセツに殿下なんて呼ばれたくなかった。



「俺も、お前を殿下とは呼べんよ」

 その思いは、名付け親も同じようだった。

 ロワメールはほっと胸を撫で下ろす。



「じゃあ、本題に入ろう。時間が惜しい」

 セツがマスターとして口を開くと、ロワメールも姿勢を正した。積もる話もあるが、今は仕事の話が先だった。



「裏切り者の魔法使いが起こした今回の事件、本来ギルドの領分だが、お前たちが関わってくるのは領主が襲われたからか?」

 セツは余計な前置きはせず、単刀直入に問う。犠牲者が出ている以上、無駄話をしている暇はなかった。



「そうです。当初、貴族が殺されたと言っても、宮廷ではそれほど騒ぎになっていませんでした」

 ロワメールは眉をひそめて説明した。地方と王都キヨウの中央貴族との間には、大きな隔たりがある。



「でも、領主ウルソン伯爵が被害に遭い、空気が一変しました。ウルソン伯は宮廷の重臣、プラト侯爵の甥にあたるからです」

「なるほど」

 セツは下らなそうに相槌を打った。

 宮廷の権力抗争に、ギルドは一切関わらない。いかなる権力にも与せず、だ。



「それで何故、王子自らが動く?」

「それは……」

 鋭い目が、ロワメールを見据える。



 調査、解決に宮廷が乗り出すとしても、それは騎士か役人の役目であった。

 危険が伴う仕事を王子に任せるのは不自然である。

 ロワメールの宮廷での立場が危うさを、セツは危惧していた。



「ぼくが、自分から名乗り出たんです」

 名付け親を安心させるために、ロワメールは正直に話す。



「プラト侯とはあまり良好な関係を築けていなくて、ぼくが事件解決に貢献して、関係改善を図れれば、と。そんな時、運良く魔法使いが襲撃者との目撃証言が入りまして。渡りに船でした」



 さらりと告げられた台詞に引っかかりを覚え、セツが片手を上げて静止をかけた。

「……ちょっと待て。今、運良くって言ったか?」

「言いましたっけ?」

「……言ったよな?」

「気のせいですよ」

 にっこりと、笑顔で言い切る。



 なにか言いかけて、結局諦めたセツに、ロワメールはたまらず吹き出した。



「お前なぁ……」

 可笑しそうに笑うロワメールに、セツは苦虫を噛み潰したようなしかめ面をする。



「だって、魔法使いが関わっている以上、セツが起きると思って」

「危ない目に遭うかもしれないんだぞ」

「セツがいるのに?」

 ありえない、とロワメールは即座に否定した。

 セツと行動を共にして、危険なんてあるはずがない。



 当たり前のように全幅の信頼を寄せられ、セツがそっぽを向く。腕を組み、「まったく、お前って奴は……」とか「昔から……」とか、なにやらブツブツ言っている。



 ロワメールは笑顔のまま、セツの気が済むのを待っていた。

 怒ったような顔をしているが、実は照れているだけなのを、ロワメールはちゃんと知っているのである。



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