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2ー18 幸せの黄色い玉子焼き

「美味しい……」

 熱い味噌汁を一口飲み、ジュールは思わず声を漏らした。玉ネギとワカメの味噌汁は、ホッとする味がする。

 ふんわりと黄色いだし巻き玉子に箸を伸ばせば、口いっぱいにじゅわっと出汁の味が広がった。

「美味しい〜」

 糸コンニャクのきんぴらはピリッと鷹の爪が効いて全体の味を引きしめ、青菜のおひたしは口をさっぱりさせる。漬物は歯応えが良く、ウドンの小鉢は出汁が絶妙だった。


「美味しいです! 美味しい〜!」

 朝食を頬張りながら、ジュールは感激しきりである。緊張はどこへやら、空腹も手伝って箸が止まらなかった。

「マスター、美味しいです〜」

 ジュールが美味しいを連呼すれば、何故か隣でロワメールが自慢気だ。


「魔法使いは、どんな食事を心がけたらいいでしょうか?」

 もぐもぐとご飯を食べながら、ジュールが質問する。

「『魔力と栄養の関係』とか言う論文があったな」

「ご存知なんですか!?」

 ジュールが目を丸くする。セツが氷室で眠っている間に発表された論文だ。

「寝ている間に発表された論文は、目を通している最中だ」


 最強の魔法使いとしてこれだけ強いのに、常に新しい魔法の理解、吸収を怠らない。

(マスター、なんてスゴいんだろう!)

 ジュールからの尊敬の眼差しには無頓着に、セツは続ける。

「あの論文でも、属性に適した食材はないという結論だったが」

 セツは言葉を選びながら、自分の考えを口にした。

「しっかり食べて寝る。それが一番だと俺は思うぞ?いくらノンカドーより丈夫でも、病気には勝てないからな」

「なるほど」

 ジュールは真摯に耳を傾ける。


「ジュールはそれよりも、攻撃の甘さをなんとかしないとな」

 差し迫った課題を提示され、ジュールの箸が止まる。

「なんのために戦うのか、ジュールみたいなタイプは、明確にした方が戦いやすいかもな」

「なんのために……」

 言ったっきり、黙り込んでしまった。


 ロワメールは知らぬ顔で、味噌汁を啜っている。食事が始まってから、ロワメールは一言も発していなかった。いくらか態度が軟化したが、相変わらずである。


「マスター、あの……」

「どうした?」

 言い差すも、その先が続かなかった。

「その……」

 取り繕うように、茶碗を差し出した。

「おかわりを頂きたくて」

 照れたように笑うと、セツは気前よく二杯目をよそってくれる。


「いっぱい食べろ」

「はい!」

 元気よく答えたが、食べ過ぎてお腹が苦しくなったのは、セツには内緒である。



     ❖     ❖     ❖



「殿下がそう仰られたのか?」

「ええっと、仰られたって言うか、ボクが聞いたって言うか……」

「聞いた? あれほど殿下のお心を図るなと忠告したのに」

 綺麗に畳まれた若草色の着物の前で、ジュールは戦々恐々だった。グラスを片手に、姉の表情は険しい。

「王族の方のお心にズカズカ踏み入るなど、不敬と取られかねないんだぞ!」

「ごめんなさい!」

 叱られ慣れていない優等生な弟は、首を竦めた。


『魔法使い殺し』というマスターの二つ名をなくせないだろうかと、悩んだ末に姉に相談したのである。

 ロワメールが魔法使いを嫌っていることは伏せた。ここでロワメールの魔法使いへの嫌悪が露呈すれば、司のとの話し合いに影響を与えるかもしれない。魔法使いを憎むからこその新法だと思われては、全てが台無しになる。

 ジュールは今回の法案、ロワメールの味方をするわけではなかったが、だからといってロワメールの不利になることは絶対にしたくなかったのだ。


「殿下がやめてほしいって仰ったわけじゃないんだ。けど、お心を痛めておられるのは確かだよ……」

 ジルは細い指を顎にあてて考え込んでいる。

「殿下にとって、マスターは単なる命の恩人でも名付け親でもなくて、家族なんだよ」

 大切な家族を、魔法使い殺しと呼んでほしくない。

 その思いに、王族も貴族も平民も関係なかった。


「……マスターのため、か」

 ジルの中で、なにかが結びついたようだった。 

 法の下で魔法使いを裁く。

 もしこの法案が成立すれば、マスターは裏切り者を殺す必要はなく、従って、魔法使い殺しではなくなる。

「そういうことか」

 炎司アナイスがこの法案に賛成したのも、マスターのためであるなら説明がついた。


 しかし、そうだとしても、ジルは簡単には頷けなかった。

 過去にもギルドを支配下に置こうと、宮廷は何度も策を弄している。今回は違うと言い切れるだけの自信が、ジルにはまだなかった。王子の純粋な思いを、臣下が利用している可能性もある。

 考えればキリがないが、それを考えるのが司だ。頭の痛い難題に、ジルは酒をあおった。


「ダメ、かな?」

「私一人の一存で、どうこうできる話じゃないよ」

 思いの外王子に肩入れする弟は、ロワメールを傷付けなくない一心なのか。それとも二人の間に友情が芽生えているのか。もしくは王子への忠誠心か。


「私は司だ。魔法使いとギルドを守り、その利益を最優先する。だが、殿下のお心が穏やかであられることは、私も願うところだ」

 司の顔から姉へと戻り、ジルの表情がふっと優しいものへとかわった。

 王子のためにも、王子を心配する弟のためにも、できることはしてやりたいと思う。

 ジルはどうにも、可愛い弟には甘くなりがちだった。


「同い年のジュールなら、殿下もなにかと気安いだろう。皇八島貴族として、殿下をしっかりお支え申し上げろ」

「うん!」

 マスターに頼まれたのも大きいが、ジュール自身、やっぱりロワメールと仲良くなりたいし、仲良くなれると思っている。

 それに、せっかくマスターが起きているのだ。

 だから。


(今はまだ、このローブは……) 


 黒いローブをぎゅっと握りしめた。

「ボクはホントに、動機が不純……」

 自嘲に満ちて、独りごちる。


 なんのために戦うのか。

 あの時、マスターの一言に、ジュールの心はキュッと締めつけられた。

(黒いローブを着る理由)


 ボクは一体、なんのために戦うんだろう……。

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