2ー15 ジュールのロワメール考察?
一応貴族の端くれであるジュールは、第二王子の噂を耳にしていた。
美しく聡明で、気難しい大貴族たちにも可愛がられ、宮廷での評価は非常に高い。
「うーん……」
ジュールが会った王子様の印象とは、だいぶん違う。
朝の王子様は、なんというか、冷たい刀のようだった。触れれば切れそうな、鋭い刃。昨日、廊下で会った時も同じ印象を受けた。
「うーん???」
「どうしたんだ?」
クッションを抱えてしきりに唸っている弟に、ジルは書類から目を上げる。
今日も大量の書類を持ち帰っている水司は、夜着に着替えてまで仕事をしていた。
ギルド内、司の住まいである。マスターの家ほど広く豪華ではないが、それでも十分大きな家だった。
レオール伯爵家は魔法使いを多く輩出する貴族で、シノンにも別邸を構え、兄はそちらに住んでいる。しかしジルはそこに行き来する時間を惜しみ、ギルド内のこの家で寝起きしていた。
ジュールはそれをいいことに、シノンにいる間は兄姉の家にお世話になっている。兄も姉も年の離れた弟に優しく、どちらに転がり込んでも嫌な顔ひとつされないので、行ったり来たりを繰り返していた。
「……今朝、殿下にお会いしたんだけど」
ジュールがポツポツと話し出すと、ジルは書類を置く。
「殿下の、あの冷たい雰囲気が気になって。マスターには、あんなに明るく笑われるのに」
表情を曇らせるジュールに、ジルは注意する。
「ジュール、わかっていると思うが、王家の方をあれこれ詮索するのは不敬だよ」
「うん。わかってるけど……」
単に、剣の稽古に集中したかっただけかもしれない。では、廊下でレオに向けられた、あの冷たい瞳はなんだったのか。
「うう〜」
マスターに見せる顔とそれ以外が違いすぎて、王子様がよくわからない。
公私の別か。もしくは二面性がおありなのか。それとも――。
「王族の方々には、私たちには想像もつかないようなたいへんな責務がある。この国と、この国に住む人々の未来を背負ってらっしゃるんだ。色々とお辛いこともあるだろう」
ご機嫌の悪い時もあるさ、と言われれば、ジュールも納得するしかない。
「殿下は立派なお方だよ。我が弟と、同じ年とは思えないくらいにな」
クッションごとソファに倒れ込んでうーうー唸るジュールを、ジルが揶揄う。ジュールが唇を尖らせた。
「黒のローブを捨て、宮廷に出仕し、殿下にお仕えしたいと言うならともかく、そうでないなら軽々しく殿下のお心を量るものではないよ。わかったね?」
姉に、釘を刺される。
ジュールはクッションに埋もれたまま、力なく、はい、と返した。
興味本位で、殿下のことを知りたいと思ったわけではない。
マスターに向けるあの笑顔を見た時に。
(殿下とは、仲良くなれると思ったんだ……)
姉に止められたにもかかわらず、ジュールは泉でも、ギルドや街で見かけた時も静かに王子様を見守った。
「なにしてンの?」
「シーッ!」
物陰からコソコソ覗き見るジュールは、一歩間違えれば不審人物である。
王子様はマスターと一緒にシノンの街に来ていた。外出時は、いつもマスターと行動を共にしている。
(護衛のためだろうけど……)
家でも一緒。外でも一緒。
一生のほとんどを氷室で眠るマスターと過ごせる時間は、とても、とても貴重だ。
(羨ましい……じゃなくて)
目的を忘れ、ついついマスターを目で追ってしまい、王子様に視線を戻すを繰り返す。
そんなジュールの姿に、仲間たちがヒソヒソと囁きあった。
「なにこれ? マスターの追っかけ?」
「尾行? 調査?」
「探偵か!」
あらぬ誤解である。
ジュールだとて、本心ではマスターの追っかけがしたい。が、今は王子様が優先だった。
王子様はマスターと買い物をしている。シノンにあるごく普通の商店で、ごく普通に買い物をしていた。そして誰隔てなく気さくに接する姿は、噂通りの為人だった。
街の人も彼の正体を知ってか知らずか、ずいぶん好意的である。中性的な美貌のみならず、あんな風に明るい笑顔を向けられては、老若男女、誰もが夢中になるだろう。
今も八百屋の店主が、遠慮するロワメールにキュウリを手渡している。
(ん? 八百屋?)
よく観察すれば、買い物をしているのはマスターである。王子様は荷物持ちだ。どうやら買ってもらったらしいスイカを、嬉しそうに抱えている。
「!?」
その事実に気付いたジュールは、なにに驚いたらいいのかわからなかった。
(王子様が荷物持ちしてる!? マスターが野菜を買ってる!?!?!?)
ギルドの食堂で二人を見かけないので、てっきり外で食べているのだとばかり思っていたが。
(もしかして、作ってる? 誰が? 殿下? それともマスター?)
ジュールたちが見つめる先で、マスターが野菜を買っていた。
スイカにオオバ、ヤマイモ、ナス……。
(マスターが手ずから!? 魔法だけでなく料理まで!? マスターすごい!)
すっかり目的を見失っている。
しかしそんなことはお構いなしに、ジュールは尊敬の眼差しをセツに注いだ。
(待って、そうなると、殿下はいつもマスターの料理を食べてるってことになるよね?)
辿り着いたその可能性に、愕然となった。
(殿下にお出しできるほどの腕前って、マスターは料理も達人ですか!?)
脳内は暴走しているが、ジュール本人は至って真面目である。
「しっかし、王子様は相変わらず美人ね。男にしとくのがもったいないわ」
「うわぁ、マスターも普通に買い物とかするんだ」
「つか、オレら、いつまでこうしてるわけ?」
真剣に見当違いな方向に思考が突っ走っているジュールの頭上で、リーズとディア、レオがボソボソと喋っている。
「おら、ジュールいくぞー」
マスターの買い物はあっさり終わり、用はすんだろうとレオに物陰から引き剥がされた。
「あぁ!?」
「マスター好きなのわかったから。オレらも帰るぞ」
人混みに紛れ、セツの背中がどんどん小さくなっていく。
(ああああああっ、マスターあああああぁ!!)
声には出せない泣き声を上げて、マスターの弟子志望の魔法使いは、仲間にズルズルと引きずられて行った。




