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2ー14 遭遇

「あ」

 目が合い、漏れた声はどちらのものだったか。


 こんな時間にこんな場所で、人に会うとは思っていなかった二人の青年は、互いに見つめ合ったまま固まった。






 夏の爽やかな早朝である。

 空気は澄み、吹き抜ける風は涼やかだ。

 家の裏手に広がる泉は、地中からこんこんと湧き出る清水に透明度が高く、素晴らしく美しい。


 家と泉を囲む青々とした森では、小鳥のさえずりが賑やかだ。姿は見えないが、たくさんの鳥が鳴き交わしている。

 ピーピピピ、ピューピューピュピュと鳴くのは、ヒタキやノジコだろうか。ロワメールは詳しくないのでわからないが、心洗われる鳴き声だった。


 泉のほとりで刀の稽古を毎朝の日課とするロワメールは、この景勝を殊の外気に入っていた。

 一人黙々と刀を振るうには美しすぎる景色だが、かえって剣技が研ぎ澄まされていく感じがする。


 最初は、こんな森の中にポツンと建つ家でセツは寂しくないのだろうかと思ったが、近頃では、この景色を独り占めできるのは最高の贅沢だと感じるようになっていた。

 ここに家を建てることを決めた先代マスター、セツには『くそったれ師匠』などと呼ばれているが、彼の審美眼にロワメールは脱帽せざるをえなかかった。






 ギルド敷地内の北に広がる森は、魔力が濃く、豊かな森だ。

 ブナ、ミズナラ、ハルニレ、ケヤキ、トチノキ、カエデ、ざっと見回しただけでも様々な種類の木々が生い茂る。

 頭上の枝をリスが走り抜け、近くの枝葉の陰には小鳥の姿が見え隠れした。


 鳥たちの歌声に耳を傾けながら森を歩いていくと、じきに小川のせせらぎが聞こえてくる。

 音を辿り、川を遡れば、木々の合間に玻璃のごとく輝く水面が見えてきた。


(いつ来ても、ここは本当に綺麗だな)

 この泉を見つけたのはたまたまだが、魔力濃度の高い澄んだ泉は、水使いのジュールにとって格好の修行場となった。


 そこが図らずもマスターの家の裏手であったのは、たまたまである。

(偶然だから! 誰がなんと言おうと偶然だから!)

 誰も信じてくれないが、この場所を選んだのは……たまたまである。


(まさか、本当にマスターに会えるなんて)

 昨日から、ジュールは夢心地のままだった。ふわふわと雲の上を歩いている気分である。


 子どもの頃から憧れ続けた最強の魔法使い。けれど、数十年単位で眠るマスターに会えるなんて、夢にも思わなかった。

 魔法使い殺しという役目を考えれば、会えない方がいいのかもしれないけど。


(ああ、マスター、カッコよかったな〜)

 模擬戦でのマスターを、何度脳内再生したかわからない。

 初めて会ったマスターは、ジュールが思い描いていた以上に強くてカッコよかった。


(一生分の運、使い果たしたちゃったかも)

 一目会えるだけでいいと思っていたのに、手合わせまでしてもらって。その上褒めてもらったのだ。

 レオのおかげとはいえ、幸運には違いなかった。

(一生分の運、使っててもいいや〜)


 ルンルンと、足取り軽く森を歩く。

 弟子にはしてもらえなかったけれど、時間のある時は、また相手をしてくれると言ってくれた。

「また、だって」

 えへへへへ、と回りに誰もいないのをいいことに、全開でニヤけてしまう。


 一晩経ってもご機嫌なジュールはこの時、正直、浮かれていた。正確には昨日から浮かれまくっていたのだが、それ故に、とんでもないミスを犯したのである。

 鼻歌混じりに森を抜け、泉のほとりに足を踏み出し、そこで――。


 あろうことか、色違いの瞳と目が合ってしまったのである……。



  



「で、殿下……っ」


 ジュールはおおいに焦った。

 迂闊にもほどがある。ミスもミス、初歩的な凡ミスもいいところだった。


 マスターが起きているということは、氷室で眠っていないということ。氷室にいないということは、つまり、家にいる、ということである。


(しまったぁぁぁっ!)


 ロワメール第二王子が、司との協議のために本部に滞在していること。また悲劇の王子様を十八年前に救った魔法使いがマスターであることを、ジュールはすでに知っていた。

 そして昨日の様子を見れば、二人の親しさは一目瞭然である。そこに防犯上の利点を加味すれば、王子の宿泊先として、マスターの家は十分考えられた。


(あああああ! ボクのバカ! 殿下も驚いていらっしゃるぅぅぅ!)


 当然だ。こんな早朝、しかも森の中から突然人が出てきたら驚くに決まっている。しかもマスターの家のすぐ裏手だ。

「えーと! ボク、本部に滞在中はいつもこの泉で修行してて! この泉は魔力が濃くて、水使いの修行場にはピッタリなんです!」

 マスターの家の周囲をうろつく不審者と疑われてはいけないので、ジュールは慌てて弁明する。


「………」

 チラリと向けられた色違いの瞳は陽光に煌めいて美しかったが、その眼差しは冷ややかなものだった。


「えーと……」

 困惑明らかなジュールから王子様はふいと視線を背けると、何事もなかったように再び刀を振り始めた。


(どうしよう……)

 どう見ても、王子様も刀の修行中である。

 自分はお邪魔だろうか。


 狼狽しつつも見つめる先で、王子様は刀を構え、何度も打ち込みをしている。真っ直ぐ伸びた背中に、ブレない切っ先、玉の汗が浮かぶ肌は上気し、銀の髪は朝日を反射して輝いている。


(なんてお綺麗なんだろう……)

 同性とは思えぬほど、もっと言えば、同じ人間とは思えぬほどに、ロワメールは神々しい美しさだった。


「……なに?」

 思わず見惚れてしまったジュールに、王子様は前を見たまま尋ねる。

「ここは別に、セツの家の庭じゃないから、修行したいなら好きにしたら」

 感情の籠もらない声は、それ以上の会話を拒んでいた。

「恐れ入ります……」

 王子様から許可をもらったのに、引き返しては失礼に当たる。

(あたる、よね……?)


 すでにこちらを見向きもしないロワメールの顔色を窺いながら、ジュールは戦々恐々、泉の縁に立った。

 意識を集中し、修行を開始する。


 ジュールとロワメールの二人は無言で、それぞれの修行に打ち込んだ。


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