2ー13 弟子志願
こんな機会を逃してなるものかと、戦闘職の一級魔法使いが押し寄せ、結局セツは全員と対戦した。結果はセツの圧勝。レオたちのみならず、名の知れたベテラン魔法使いですら一瞬で勝敗が決まった。
「魔法戦、すごい迫力ですね! またセツ様もえげつない強さです!」
カイが、初めて見た魔法戦に興奮している。
「まあ、一応な」
「ロワ様が、あれほど自慢なさるわけです」
セツの強さに、ロワメールの常日頃の名付け親自慢をカイも納得したようだった。
「だからぼく、いつも言ってるでしょ。セツは最強だって」
ロワメールは得意気に胸を反らす。我が事のように鼻高々だった。
「このくらいで手こずるようじゃあ、最強は名乗れないさ」
ロワメールは誇らしさと優越感で、胸がすく思いだった。
(見たか、魔法使い!)
これが最強の魔法使い——ぼくの名付け親だ!
この時のロワメールの心境を一言で言い表すならば、ザマーミロ、が適当である。
セツを魔法使い殺しと呼ぶ奴らが無様にやられていく様は爽快……と言ったらさすがに性格が悪いので、ロワメールは黙っておくことにした。
「すごすぎ……」
あっさり完敗した新人四人組は、観客席で模擬戦を観戦していた。マスターが強すぎる。それ以外に言葉がなかった。
「もうさ、人間離れしすぎっしょ」
レオが隣に座るジュールに同意を求めるも、反応はない。見れば、食い入るように模擬戦に魅入っている。
「カッコいい……」
全ての模擬戦が終わった後、ジュールから漏れた吐息のような呟きは、周囲のざわめきに掻き消された。
「なんであんなに強いんだ!?」
「魔力量が桁違い過ぎて……」
「いやいや、あの精密な魔力制御が」
「うおー! オレもあれやりてぇ!」
周りでは、盛んに議論が繰り広げられている。
最強の魔法使いの強さを己の目で見、体感し、冷静でいられるわけがないのだ。魔法使いなら誰だって血が騒いだ。
「ジュール? ちょっ、どこ行くンだよ!?」
未だ観客席がざわめく中、おもむろに席を立ち、人波を掻き分けていく友人をレオが驚いて追いかける。
「……マスター!」
ちょうど王子と連れ立ち闘技場を出ようとしているセツに、ジュールは走り寄った。
「なんだ? もう一回か?」
亜麻色の髪の小柄な魔法使いに、セツがクスリと笑う。
ジュールは形だけ呼吸を整えた。マスターと対戦してから、大きく脈打つ鼓動は一向に治まらない。
高揚と興奮に突き動かされ、ジュールは勢いよく頭を下げた。
「ボクを、弟子にしてください!」
突然の申し出に、セツが面食らう。
「お願いします! ボクも、マスターみたいな魔法使いになりたいんです!」
「おまっ! なに一人だけ抜け駆けしてンだよ! ズルいぞ!」
追いついたレオが、ジュールに倣い頭を下げた。
「オレも、弟子にしてください!」
「あー、いや、それは……」
「なんでもします! どうか弟子にしてください!」
セツの隣では、ロワメールがそんな二人を冷ややかに、カイは興味深そうに見ている。
「参ったな……」
セツは、困ったように口元を手で覆った。
「俺は、弟子はとらないんだ」
「お願いします!」
「そこをなンとか!」
二人に代わる代わる請われ、セツは困惑している。
本来なら、マスターに手合わせをしてもらえただけで満足しなければならない。けれどここで諦めたら一生後悔する。ジュールはそう思った。
「ボクでは未熟で、マスターの弟子なんておこがましいのは承知しています! だけど、どうか……!」
「そういうことじゃない。マスターは、魔法使いの弟子はとらないんだ」
「どういうことですか?」
仲間の疑問を代弁したのはディアである。
いつの間にか、ディアとリーズも後ろに立っていた。
「マスターの役割のひとつに、次代のマスターの育成がある」
ジュールだけでなく、観客席の魔法使いもセツの話に耳を傾ける。冷酷無慈悲な魔法使い殺しが本当はどんな人物か、ここにいる誰も知らない。
「まだ次代は見つかっていないが、もし見つかれば、俺はそいつを育てなければならない。そうなれば、お前たちを中途半端に放り出すことになる」
「それでも……!」
ジュールはなおも食い下がった。
「それでもかまいません! 例え一ヶ月でも一週間でもいい! マスターのそばで学ばせてください!」
普段は控えめなジュールの熱意に、レオ達も黙ってはいられなかった。
「魔法使い殺し! オレは無理でもいい! でもジュールだけは弟子にしてやってくれ!」
「ジュールはずっと、あなたに憧れてたんです!」
「どうかジュールを弟子にしてあげてください! お願いします!」
レオとディア、リーズまでもが頭を下げて頼み込む。
「みんな……」
ジュールは、自分のために頭を下げてくれる仲間に感謝した。そしてその思いを無駄にしないためにも、更に深く頭を下げる。
セツは大きく溜め息を吐いた。
「……弟子はとらない。だが、俺が起きている間、時間がある時はまた相手をしてやろう。それでいいか?」
セツの隣では、ロワメールが肩を竦めている。セツは優しすぎるのだ。
「ありがとうございます!!」
「やったな!」
「ジュール、よかったじゃない!」
「もう、急に弟子なんて言うから、ビックリしたよ〜」
セツはやれやれと思いながらも、強くなりたいと願う者を、マスターとして放っておけなかったのだ。
「申し遅れました。ジュール・キャトル・レオールと申します。改めまして、よろしくお願いいたします」
「レオでっす!」
「リーズです」
「ディアと言います」
ジュールに倣い、三人も続けて名乗る。
「レオールということは、水司の?」
「はい。弟です」
言われてみれば、亜麻色の髪も明るい水色の瞳も綺麗な顔立ちも、男装の麗人水司ジルによく似ている。
「ちょうどいい。ひとつ頼まれてくれるか? 司たちに集まるように言ってくれ」
ジュールにより招集された司は、魔法使いが総じて弱いと、セツに指導不足をこっぴどく叱られた。
ある司は、最強の魔法使いに手合わせなどと無謀をしでかした魔法使い共を心の中で罵り、ある司は項垂れ、またある司は顔色を無くし、もう一人の司は反論をひと睨みで封じられた。
完全にとばっちりである。




