2ー12 その煽りは無自覚です
「一人では相手にならん。全員まとめてかかってこい」
魔法学校卒業と同時に一級魔法使いと認められ、夢と希望と自信に溢れた若者の鼻っ柱を、セツは容赦なく叩き折る。
しかし、若さ故に侮られることに、レオは慣れていた。
「あちゃー、参ったな。見えませンした? オレら、こう見えて一級なンすよ」
首元の金バッジを見せつければ、大抵の相手は怯む。だが、マスターの反応はかわらなかった。
「それがどうした?」
レオの口端が、ピキリと強張る。
観客席にいる一級魔法使いは、ニヤニヤしながら成り行きを見守った。イキがる若者は、いつだって年長者の格好の酒の肴だ。
「ずいぶん舐めてくれてますね」
「なんだ、不服か? それなら……」
セツがスッと指を動かすと足元の地面が抉れ、一本の線ができた。
「全員でかかってきて、俺を一歩でも動かすことができたら、一人ずつ相手をしてやろう。どうだ?」
「はあああああ!?」
これにはさすがに、ディアやリーズも顔色をかえる。
彼らの実力はギルドのお墨付きだ。だと言うのに、若いというだけで見下されるのは納得できない。
「いくらなんでもそれは、アタシたちを甘く見過ぎじゃないですか?」
「後で吠え面、かかないでくださいね」
ディアが低く唸れば、リーズも戦闘態勢に入る。戦闘職の一級魔法使いは往々にして、気が強くて誇り高い。
「マスター。よろしくお願いします」
ジュールだけが礼儀正しく一礼し、闘技場に進む。
四人は目を見交わすと、セツを中心に四方向に展開した。
馬鹿にされておめおめ引き下がるなんて、魔法使いの名が廃る。一級魔法使いとして、一矢報いねば気がすまなかった。
(実力で見返してやる!)
セツの正面にレオが、左手にディア、右手にはリーズ、そして背後にジュールが立ち、彼らは一斉に魔法を発動させた。
「土よ!」
「風よ!」
「炎よ!」
「水よ!」
魔法使いの呪文に合わせ、土の礫が、風の刃が、炎の渦が、水の槍がセツに襲いかかる。息の合った連携は、かなり精度の高いものだった。
四方向からの同時攻撃、いかな最強の魔法使いであろうと、捌ききれるものではない。
一歩も動かない——マスター自ら、そんな制約を設けたのだ。後悔しても、もう遅い。
レオが、ディアが、リーズが、勝ちを確信したその時。
「うわっ!?」
「きゃあああ!」
セツの魔法が、四人の足元に着弾する。
土の礫には同じく土の礫が、風の刃には風の刃が、炎の渦には炎の渦が、水の槍には水の槍が、若い魔法使いたちの攻撃を撃ち破ったのだ。
「うおおおおおお!」
観客席がどよめく。
「すげー!」
「あれ、足元への着弾も、軌道を計算してるね」
「マジっすか!? ヤベェな、ハンパねー!」
特に一級魔法使いの目の色がかわる。実力があればあるだけ、魔法使い殺しの規格外の強さを肌で感じ取っていた。
「マズいな。想像以上の強さだよ。鳥肌が立ってきた」
簡単にやってのけたが、マスターのしたことは尋常ではない。瞬時に相手の魔法を見抜き、後出しからの魔法発動の速さ、相手の魔法を破っても微塵も衰えない威力、なおかつ狙い通りに着弾させる完璧なコントロール、どれをとっても神業である。
「も、もう一回!」
「今のは小手調べってやつですから!」
土埃にゲホゲホと咳込みながらディアが言えば、リーズも続けて負けん気を発揮する。
尻餅をついてしまったレオは、素早く立ち上がった。
「次は本気で行くンで!」
「好きにしろ」
ただ一人、ジュールだけが反撃に備えて張った防御魔法を解除しながら、その明るい水色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「これが、最強の魔法使い……!」
「くっそぉ……」
どう足掻いても手も足も出ない。実力の差は明白だった。
歯噛みして悔しがりながらも、三人の目は闘志を失わず、未だ勝負を諦めていない。
「そろそろ本気、出してくれてもいいンすよ?」
「俺が本気を出したら、ギルドが跡形もなくなるぞ」
レオの強がりを軽く流し、セツは四人の若者を見回した。
「土使い」
「う、うっす」
呼ばれ、レオが緊張する。
「お前は魔法が雑だ。もっと威力の大きな魔法を使った時、暴発するかもしれないぞ。丁寧に魔力を操作しろ」
レオが目を瞠った。自分の癖を見抜かれている。魔法のセンスがいいレオは、ついおざなりに魔法を使ってしまう。
「風使い」
「は、はいっ」
「お前は速さばかりに意識がいっている。魔力の練度が甘い」
ディアは首竦めた。自覚のある苦手を言い当てられてしまった。
「炎使い、お前は魔力量に頼りすぎだ。魔力量に甘えて精度を落とすな」
「……うっ」
リーズは図星を突かれ、言葉に詰まる。何故たった二度の立ち会いで、そこまでわかるのか。
セツは、最後に後ろを振り返った。
見えていない背後からの攻撃も、マスターには関係ない。
「それから水使い」
ジュールがゴクリと唾を飲み込んだ。
セツは、微かにアイスブルーの目を細める。
「お前は優秀だ。これからも励め。ただ、性格の優しさが攻撃に出てる。実戦では命取りになるぞ」
「………!!」
予想外の評価に、ジュールは頬を紅潮させた。まさか、憧れの魔法使いに褒められるなんて。
俯き、喜びを噛みしめる。
「もう一回、お願いします!」
「しつこいぞ、レオ!」
レオが懲りずに再戦を申し込むと、横合いから待ったがかかった。観客の中から、若い魔法使いが進み出る。
「ランス先輩……」
「いい加減代われ」
くすんだ金髪に青灰色の瞳の、整った顔立ちの青年だった。彼のローブは、水色の裏地……水と風の二色持ちだ。
観客席を見れば、ランスの他にもウズウズと順番待ちをしていると思しき一級魔法使いがいる。
遅まきながら、最強の魔法使いと手合わせをしたいのは自分達だけではないと気付いた四人は、すごすごと退散した。
「ランスです。自分もよろしいでしょうか」
魔法使いはレオたちのように決まったメンバーで組む者もいれば、契約内容に適した仲間をその都度集める者、ランスのように基本ソロの者もいる。
「いいぞ。来い」
ランスは一礼すると、風魔法で空に舞いがった。




