2ー11 手合わせしてくンない?
ロワメールは、セツとカイと共に会議室を後にした。
司との協議は、少しずつだが前進している。炎司アナイスが、いち早くこの政策に理解を示したのが大きい。
会議の間、ロワメールは王子として完璧に振る舞っていた。優しく穏やかで礼儀正しく、けれど意志は揺るぎなく。魔法使いへの嫌悪など微塵も見せない。
しかし、会議室から一歩外へ出た途端、王子の仮面にヒビが入る。遠巻きにしながら無遠慮にセツを眺め、ヒソヒソと囁やき合う魔法使いたちに、ロワメールは苛立ちを募らせた。
(失礼にもほどがある! マスターは見世物じゃない!)
慣れることはない畏怖と好奇の眼差しに、ロワメールは神経をピリつかせる。
最強の魔法使いに対して敬意がなさすぎる態度に、イライラ、イライラ、イライラと腹立ちが加速度的に蓄積されていく。
カイが細い目でロワメールが暴発せぬよう監視するが、ロワメールとてここで怒りを爆発させたくはない。
(わかってる! そんな目で見なくてもわかってるよ!)
せっかくうまくいきかけている話し合いを、こんなところで台無しにはできなかった。
セツにとっては怖がられるのも仕事の内。ロワメールはそう自分に言い聞かせる。
(怒っちゃいけない。怒っちゃいけない)
呪文のように、ブツブツと繰り返す。
感情を制御するのも、王子として、大人として、できて当然のことなのだと。
自分自身をなんとか納得させ、無理矢理に怒りを抑え込み、家に帰ろうとした、その時。
「魔法使い殺しぃ!」
無遠慮な声が、廊下に響く。
これまでの忍耐も努力も嘲笑うようなあっけらかんとした大声に、ロワメールの中でなにかがプツンと切れる音がした。
カイが咄嗟に制止しようとするも、間に合わない。
二色の瞳は刃の冷たさで、セツを呼び止めた四人組を睨みつけたのである。
「お! あれじゃね?」
ギルドの廊下をキョロキョロと見回していたレオは、前方に白い髪を見つける。
隣には、銀の髪を長く伸ばした、目を疑うほど美しい青年と、背の高い男がいた。二人の身なりはいいが、黒のローブを羽織っていない。つまりノンカドー、一般人だ。
辺りには、物珍しさと怖いもの見たさで見物人ができている。
「到着して早々見つけるなんて、ついてるね」
「日頃の行いがいいからな」
シノン本部に魔法使い殺しを見物に来た新人魔法使いレオ、ディア、リーズ、そしてジュールの四人は、お目当ての人物を見つけて盛り上がった。
「隣の人、超綺麗~!」
「ちょっと信じられないくらい、綺麗な男だな。……本当に男か?」
ディアとリーズが囁き合う横で、ジュールの顔からスーッと血の気が引いていく。
「あの銀の髪って、まさか『月光銀糸』……!?」
「月光……なに? ジュール、知ってンの?」
「い、いや、拝謁したことはないけど、ひょっとしたら、あの髪は……」
ジュールはせっかく魔法使い殺しに会えたというのに、憧れの魔法使いそっちのけで、銀の髪の青年に目を奪われている。
「いや、まさか、どうして、こんな所にあの方が……」
四人以外も遠くから魔法使い殺しを見つめるだけで、誰も近付こうとしない。さざめくような囁きだけが、遠ざかる彼らの後を追っていく。
何故か動揺しまくっている友人と、どんどん離れていく白い髪を見比べて、レオはたいして悩まず行動にでた。
このままでは、せっかくのチャンスをみすみす逃してしまう。
ジュール憧れの魔法使いが手の届く距離にいるのに、指をくわえて見過ごすなんて男が廃る。
「魔法使い殺しぃ!」
白い髪の後ろ姿に、レオは遠慮なく呼びかけた。
大きな声に、その場にいた全員がレオに注目する。
最初に、色違いの瞳が射るような鋭さでレオを睨んだ。
次いで、やや目つきの悪いアイスブルーの目が四人を振り返る。
色素の薄い瞳と、翻ったローブの黒い裏地に、大当たり、とレオは白い歯を見せて笑った。
「オレたちと、手合わせしてくンない?」
その一言に、セツではなく、共にいた友人たちがギョッとした。
ギルド本部の敷地内には、いくつもの施設があった。その中には魔法を練習するための練習場もあれば、模擬戦を行う闘技場もある。
レオたち四人は、意外にも二つ返事で承諾してくれた魔法使い殺しと闘技場のひとつに来ていた。
周りには、騒ぎを聞きつけた野次馬がすでに大勢いる。その中には魔法使い殺しと一緒にいた、銀髪の美青年と背の高い男もいた。銀髪の青年は王子で、もう一人は側近だそうだ。司との話し合いでギルドに滞在しているらしい。
王子様は終始不機嫌そうだったが、模擬戦は観戦するらしく、観客席に座っている。魔法使い殺しはそんな王子様と言葉を交わしてから、闘技場に進み出た。
ザワザワと賑やかだった観客席が、静まり返る。
全ての属性の全ての魔法を無詠唱で使いこなす、最強の魔法使い——その実力や如何に。
否が応でも、期待は高まる。
この日、この時、本部に居合わせた魔法使いは幸運だった。
これまで、最強と言われるも、その実力を示してこなかったマスターの戦いを見た者はいない。
彼らは興味津々に、模擬戦の行方を見守る。
どうなるにせよ、最強の魔法使いに手合わせを申し出た、身の程知らずな新人魔法使いの運命は風前の灯に思われた。
「ちょ、ちょっと! どうすんのよ!」
「観客が多いほど、燃えるってもンよ!」
「……単純馬鹿」
吹けば消される儚い運命の新人魔法使いは、予想外の事態に焦るディアにふてぶてしく答え、リーズには呆れられている。
ジュールはいつものやり取りに加わる余裕もなく、心ここに在らずだった。
「さて、いつまでも魔法使い殺しと観客を待たせるわけにもいかねーから、と」
レオは余裕を見せて息巻く。グルグルと肩を回し、闘技場の真ん中に進んだ。
最強の魔法使いにどこまで通用するか。
そのヤル気は、一級としての自信を表す。
「オレから、いいっすか?」
たった一人でマスターに挑まんとするエリート魔法使いの姿に、年若い三級、二級魔法使いは羨望の眼差し向ける。
観客に見せつけるように、レオはふてぶてしく笑ってみせた。




