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4 再会

「今回はこちらの要望を聞いてくださり、ありがとうございます」

「とんでもございません。ギルドの掟を破る裏切り者を出してしまい、私どもも忸怩たる思いでございます」

 炎司アナイスが、隣を歩く青年に慎み深く返事を返した。



 炎司だけでなく、魔法使いギルドを統べる残りの三人の司、水司、風司、土司も青年に付き従っている。青年が何者か知らなくとも、只者でないことだけは確かだった。



「王都からわざわざご足労いただき、申し訳もございません」

「お気になさらず。ぼくも名高いギルド本部に来てみたかったですし、なにより彼に会えるのですから」

 優しく穏やかな口調は耳に心地良く、相手に好印象を与える。



「彼とお会いになるのは、五年ぶりだそうですね」

「ええ。楽しみです」

 身分関係なく分け隔てなく向けられる美しい笑顔は、見る者の心を奪うに十分だった。



 しかし、その笑顔にふと影が落ちる。

「きっと彼は、なにひとつかわっていないのでしょうね……」



「眠っている間は、彼の時間は止まっています。ですので、マスターは人の時を超え、長きを生き続けるのです」

 そこになにか意味を感じ取ったのか、老女の声もまた静けさを帯びていた。



 青年がチラリと目を向けても、長年炎司を務める老獪な女性の表情は読めない。



「彼はもう起きて?」

「はい。先程」



 すれ違う職員や魔法使いは、深い敬意を表し、最敬礼で青年を見送った。お顔を拝見するなど恐れ多く、その後ろ姿を盗み見る。



 首の後ろで結われた、長い銀の髪が目を引いた。

 真っ直ぐ伸びた背中、均整の取れた手足、ただ歩いている姿すら見惚れるほどに美しい。



「なんて綺麗な銀の髪」

「まるで月光のようだ……」

 うっとりとした呟きには、称賛と賛美が溶け合っていた。



「あぁ……!」

 そんな中、青年の歩む先にバラバラと書類が散らばる。一人の職員が、緊張のあまり手に持っていた書類を落としてしまったのだ。



「も、申し訳ございません!」

 職員は慌ててしゃがみ込むが、自分のしでかした失敗に手が震えてうまく書類を掴めなかった。



 不敬を咎められ、打首にされるかもしれない。

 その青年は、それほど気高く尊きお方なのだ。

 その場の誰もが、職員の死を覚悟した。



 しかし青年は自然な動作で書類を拾い集めると、職員に紙の束を手渡したのである。

「お仕事お疲れ様です」



「あ、ありあり、ござまいます……っ!」

 死刑を宣告されるどころか労われ、職員は恐れ多さに卒倒しそうになった。



 一連の出来事を目撃した周囲の人々は、青年の美しさと優しさに、神の末裔と言われる尊き血筋を実感したのである。








「こちらでございます」

 アナイスの声とともに、貴賓室の扉が開かれる。



 セツはソファに座ったまま、眉間にシワを寄せて扉を睨みつけた。



 司に案内され、青年が貴賓室に足を踏み入れる。



 それは、とても美しい青年だった。

 夏らしい藍の着物を上品に着こなし、立ち姿にすら気品がある。

 中性的な顔立ちは目を瞠るほどに美しく、長い銀の髪は月光を閉じ込めたような輝きを宿していた。



 なにより左右で色の違う瞳が、見る者を強く惹きつける。

 海の色をした青い左目と、瑞々しい新緑を封じ込めた緑の右目は、この世に二つとない宝石のようだった。



 アイスブルーの目が、大きく見開かれる。

 その色違いの瞳を、忘れるなんてありえなかった。



「ロワメール!?」

 セツが、信じられずにその名を呼ぶ。



「セツ! お久しぶりです!」

 青年は、満面の笑みを浮かべた。



「お前、なんでここに……!? ユーゴで騎士になってるはずじゃ……」

 セツはめずらしく混乱していた。いけ好かない宮廷高官か貴族が来ると踏んでいたら、そこにはよく見知った青年が立っていたのだ。



 五年前は小さな少年だったはずなのに、ロワメールは今や立派な青年に成長していた。

 しかし面影はかわらず、懐かしさが押し寄せる。



「大きくなったじゃないか。前はあんなに小さかったのに、髪もずいぶん伸びて……」

「五年もあれば背は伸びますし、髪は伸ばしているんです」

 セツは感慨深く目を細め、くしゃくしゃと銀の髪を撫でる。

 ロワメールはくすぐったそうに笑うだけで、嫌がるでもなくされるがままだった。



 その様子に、司たちの血の気はサーッと引いていき、みるみる青ざめていく。

 恐る恐る、お付きであるもう一人の青年を盗み見れば、ニコニコと笑っているが、司たちは全力で逃げ出したくなった。



 水司、風司、土司の三人は無言で炎司に圧をかける。

 貧乏くじを引かされたアナイスはたまったものではなかったが、彼女が一番の年かさであり、司歴も長い。なによりセツと彼女は友人であった。



「セツ!」

 会話が途切れたところで、いささか強引に割って入る。

 セツは基本不遜だが、分別を弁える人間であることもアナイスは知っていた。



「この方が、今回あなたがご一緒するロワメール王子殿下です!」



 一瞬、しんっ……と室内が静まり返る。



 セツはなにを言われたのか、理解できなかったようだ。

「…………………………王子?」

 長い沈黙の後、怪訝に呟きを漏らす。



 事態に追いつけないセツは放置して、無理矢理アナイスは続けた。

「殿下は面識がおありと思いますが、彼がギルドから派遣する魔法使い、マスター・セツです」



「ええ、よく知っています」

 色違いの瞳に、長い睫毛が影を落とす。



 雪のように白い髪も、やや目つきの悪いアイスブルーの瞳も、五年前からなにひとつかわっていない。



「マスター、最強の魔法使い……」

 そして……魔法使い殺し。



 その声に含みを感じたのは、アナイスだけであったか。



 そっと視線を送った先で、美しい王子はかわらず、にこやかに佇んでいる。

 その微笑みに、アナイスだけがわずかな違和感を感じていた。



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