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2ー8 魔族

「どうして、魔獣は人を襲うの?」

 ロワメールは花緑青と向き合い、この国の王子として改めて質問した。



 魔族には、下位種の魔獣と上位種の魔者がいる。魔者は強大な力と永遠に近い命、そして美しい姿を持っていた。誇り高い彼らは人間に興味はなく、うっかり注意を引いてしまわない限り、人間に見向きもしない。

 だが、ひとたび彼らの機嫌を損ねれば、その怒りは苛烈を極めた。気に触ったからという理由で、街ひとつ壊滅させられたこともある。

 美しく誇り高く、恐ろしい——それが魔者だった。



 下位種の魔獣は、形こそは皇八島に住む野生生物と似ているが、高い知性と魔力を持ち、狂暴で人を襲う。

 しかし魔獣は人間を殺すが、餌としているわけではなかった。

 魔獣はただ、命を奪うために人を襲う。 

 それは何故なのか。

 憎しみなのか、怒りなのか。人間にはそれすらわからない。



「銀の子どもは、わしらをなんだと思うておるのじゃ? 人間を見つけては、手当たり次第に襲う化け物とでも思うておるのか?」

「魔族は魔力が凝縮し、形を得たものだとしかわからない」

 花緑青は鷹揚に頷いた。憶測も悪意もない簡潔な答えは、及第点である。



「そも獣が人を襲うのには、理由がある」

 足を組み替え、花緑青は指を二本立てた。

「魔力の暴走。もしくは魔力の穢れ。獣が人を襲う理由は、この二つ。例外はあるがの」

 ロワメールは神妙に花緑青の話を聞いていた。その真面目な態度に花緑青もご満悦で、教師さながら滔々と弁を振るう。



「暴走とは文字通り、魔力が制御不能に陥った場合。もうひとつ。魔力の穢れ。これは、穢れた魔力を基に獣が生まれた、あるいは穢れた魔力を吸収して起こる。そして魔力が黒く染まれば正気を失う、と言えば、わかりやすいか?」

 それ故、魔族の核と言われる魔宝珠には、白珠と黒珠があるのだ。通常の魔宝珠は白、穢れれば黒く染まり、正気を失う。



「そして一度黒く染まってしまえば、治すことはできぬ」

 それが魔族にとっても望まざる状況なのは、言わずもがな。

 重く暗く告げられた真実に、ロワメールは愕然となる。



「正気を失うってことは、自らの意思で人を襲ってるわけではないの? 魔力が穢れなければ人を襲わない?」

「普通は人など襲わん。襲う理由も必要もない。人里離れた森や山で、彼奴らはひっそり暮らしておる。獣は本来美しく、気高い存在じゃ」

「それじゃあ魔族は……」



 人間を憎み、襲っているのではないのか。

 これまでの常識が覆る衝撃に、ロワメールはしばし言葉を失った。



 人はなんと、無知なのか。

 魔族におびえながら、その実、魔族のことをなにも知らない。



「わしは基本、わしらと人は共存できると思うておる。古の時代、わしらと人は良き隣人であった」

 遠い昔を思い出し、花緑青は懐かしそうに目を細める。

 にわかには信じ難い話だが、魔主の懐古の表情が嘘とも思えない。



(魔主の言うことを、疑いもせず信じるのは危険だ。でも)

 セツは、花緑青を全く警戒していなかった。ロワメールと花緑青の間で、ソファの背にもたれ、ゆったりと二人の話を聞いている。横に座ってくれているのは、ロワメールを守るためではなく、恐怖心を和らげるためだろう。

 セツのその態度が、答えな気がした。



 ならば今は、この貴重な機会を有効に役立てなければ。魔族に関する知識は必ずや国民のため、皇八島のためになる。



「魔者の怒りを買わなければ、魔者は人を襲わない?」

 ロワメールは意識を切り替え、質問を続けた。

 魔者は、魔獣のように正気を失って人を攻撃するのではない。過去の惨劇は、魔者の怒りに触れて起きた悲劇である。例えその怒りが理不尽なものであっても、そこには一貫性があった。



「そうよな。王の命令でなければ、怒り、気紛れか」

「気紛れ……」

 湯呑みに口をつけながら、花緑青は淡々と答える。



「そなたも知っている例を上げるなら、白の奴もそうじゃな」

「白?」

「カイエの魔主だよ」

 セツに教えられ、ロワメールは息をのんだ。



「『カイエの白い悪夢』!」

 それは千年前にカイエ島を襲った悲劇だ。



「あれこそ、白の気紛れ。正確には退屈しのぎじゃろうな」

 その退屈しのぎで、どれだけ多くの人が犠牲になったか。皇八島史上、最も大きな被害を出した魔族の襲撃である。



「白は若いからの。戯れに人を襲ってみたんだろうよ。結果つまらぬと悟って、早々に引き上げたようじゃが」

 言葉を失うロワメールを、花緑青は湯呑み越しに観察した。

 若い正義感で怒るかと思いきや、青年はそれ以上、なんら反応を示さなかった。



「そんな理由で、と怒るかと思うたが」

「今ここで怒っても、意味はないよ」

 セツ絡みでなければ冷静な自覚が、実はロワメールにもある。冷酷かもしれないが、今は過去に憤るより、情報を得るほうが重要だった。



「あなたがここに来た目的は、セツ?」

「そうじゃ。起きた気配がしたのでな」

「他の人間に興味はないの?」

「ないな」

 いっそ清々しい即答である。



「……それは、どうして?」

 ロワメールは慎重に、この少年魔主の本質を探った。その意図を察し、花緑青はくくっと喉を鳴らす。

「面白いのう」



 セツを真っ先に心配する心根の優しさを見せたかと思えば、情報収集を優先する冷淡な合理性も見せる。ロワメールは澄ました顔をして、猛烈な勢いで思考を巡らせているはすだ。



(なかなかどうして、綺麗な顔に似合わぬ豪胆さよ)

 なんでも答えると言われたからといって、魔主から直接情報を引き出そうとする人間が、果たして何人いるか。

 物怖じしない青年は、花緑青の好奇心をいたく刺激した。



「銀の子どもよ。そなたは退屈だからと、アリを踏み潰そうと思うか?」



 魔族にとって、特に強大な力を持つ魔主にとって、脆く短命な人間など取るに足らぬ存在だ。

 花緑青は、その小さな体に誰よりも強大な力を秘め、セツよりも遥かに永く生きている。



 そんな花緑青にとって、マスターだけが異彩を放っていた。

 瞬きの間に一生を終えるか弱き人間でありながら、魔主に匹敵する魔力を持ち、有限である人の身で摂理を超えて長き時を生きる。

 魔法使いのギルド本部が自らの支配地にあることは、花緑青にとって幸運という他なかった。

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