2ー4 万能最強魔法使い
ロワメールとセツが両手に荷物を抱え、家に帰り着いたのは午後も遅くだった。
「セツ、今日使ったお金、カイに言ってくれたら全部出してくれると思うから」
荷物をダイニングテーブルに並べながら、ロワメールが申し出る。今日一日、支払いは全部セツ持ちだった。そもそもロワメールは現金を持ち合わせていない。
食器店での暴走は食い止めたが、その後もセツは金に糸目をつけずに買いまくった。もちろん全部ロワメールのものである。セツは昔から、やたらとロワメールに金を使いたがるのだ。
気を回す青年に、セツは銀の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「こんな時くらい、俺に金を使わせろ」
『桔梗屋』に値札なんてものはなかったが、少なくとも一枚ウン十万ファランか。王子とはいえ、十三歳まで騎士階級の一般家庭で育ったロワメールは、真っ当な金銭感覚を持っていた。
セツと買い物をしていると、金銭感覚がザル……もとい、懐を気にしないので、ロワメールはヒヤヒヤする。
だが、機嫌が良さそうに荷物を片付けているセツを見ていると、好意に甘える方が良い気がしてきた。
「うわぁ、やっぱりセツ様がいると涼しいですねぇ」
そこへ、領主の所から戻ったカイが合流する。室内に入った途端、歓声を上げた。セツが魔法で室温を調整しているので、外の暑さが嘘のように快適だ。
「おや、こんなにたくさん買ってきたんですか?」
テーブルの上に所狭しと置かれた雑多な品々に、カイは目を丸くする。中でも調味料から買い揃えた食料品が、テーブルを占領していた。
「……って、この食料、どうするんです?」
「食べるんだが?」
どうも話が噛み合わず、カイとセツの間に沈黙が流れる。
「カイは飯、どうするんだ? 領主の所で食べるのか?」
「ええ、今晩はモンターニュ侯とご一緒する約束ですが……」
カイの頭の上には疑問符が舞っているが、訳がわかっていないのはカイ一人らしい。
「セツー、これ洗っとくー?」
「ああ、頼む」
はーい、と返事をし、ロワメールが茶碗類を運んだ。
食器を洗う王子の後ろ姿に、カイが恐る恐る尋ねる。
「セツ様、気になっていたのですが、この屋敷、使用人は?」
「いないが?」
貴族や大商家でもない限り、使用人など雇わないのが普通だ。
「食事はどうするんです? こんなに食料買って……」
ギルドの中に食堂もある。てっきりそこで食べるのだと、カイは思っていたのだが。
「セツ、料理上手いよ」
洗い終わった茶碗を拭きながらロワメールが教えるが、貴族のカイには理解が追いつかない。
「セツ様が? 料理???」
「くそったれな師匠のお陰で、俺は家事全般できるぞ」
家事なんて一切しなかった師匠に代わり、子どもの頃からセツがこの家を切り盛りしていたのだ。
掃除なんてしなくても死にゃーしないよ、と言って散らかり放題。着物がヨレヨレでも気にしない。食事も、小さなセツを連れて怪しげな店に平気で食べに行く……セツが率先して家事をこなすようになったのは必然であった。
「セツ様、最強の魔法使いですよね?」
「そーだ」
「家事するんですか?」
「なんか文句あるか」
カイは形容し難い表情で黙り込んだのち、よし、と頷いた。
「うちの使用人、何人か呼びましょう」
「やめてくれ」
言いながらも、手慣れた感じで荷物を直し終わる。
「しかしですね、セツ様」
なおも食い下がろうとするカイだったが、その時、玄関の扉が叩かれた。
戸口に近かったカイが対応に出る。
「司か?」
「はい。会議室にお越しください、とのことです」
茶碗を片付け終えたロワメールが、ふぅと小さく息を吐き出した。
(きた……)
すぅっと、色違いの瞳にこれまでとは異なる光が浮かぶ。
気遣わしげなセツとカイに、ロワメールは頷いてみせた。
(気合を入れなければ)
楽しかった時間は、一時中断だ。
会議室では司と、ロワメール、カイ、セツが向かい合って座る。
司たちは明らかに動揺していた。
セツから裏切り者レナエルの処分を聞き、そのまま王子から、今後は裏切り者を法の下で裁きたいとの要望を告げられたのである。
「マスターの考えは?」
「俺は、裏切り者が正しく裁かれるなら、それが俺から法にかわろうと、問題ないと思っている」
風司モニクからの質問に淀みなく答えるセツに、司たちは一様に顔を見合わせた。
王子の隣に座っている時点で、マスターの旗色は明白である。
「殿下、これは王命ですか?」
水司のジルが確認を取った。もし国王直々の命令ならば、いかにギルドであろうと拒否できない。
宮廷は、過去に何度もギルドを管理下に置こうと画策したが、王子自らが乗り込んできた今回は、本気度が違う。
「いいえ。今はまだ」
ロワメールはゆるりと首を振り、司を安心させるように微笑んだ。
強制はしない、と。
あくまで現時点では、これは要望でしかない。
「ですが、ギルドの承認を得られ次第、正式にこの法令は発布されます」
無理強いはしない。だが、断らせもしない。
王子の口調は穏やかで、そこに威圧感はない。それでも司は、逃げ場のない崖っぷちに立たされた気分だった。
時間は与える。その時間で自分たちを、ギルドを納得させろと、そう言われているのだ。
「何故、今になって急に……」
「国王陛下の名の下に、皇八島の全国民が、平等に法の庇護を受ける。遅すぎたくらいです」
平然と返され、土司のガエルが唸る。
建前上は、そうなのだろう。
なら……本当の狙いはなんなのだろうか。
「この法案、発案は殿下でらっしゃいますか?」
「そうです」
最後に、付け加えるように質問したのは炎司アナイスだった。
「もちろん、すぐに返事をお願いしたりはしません。ギルドの長い歴史をかえるのです。皆さんで、納得いくまで話し合ってください。色よい返事がもらえるまで、ぼくはセツの家に滞在していますから」
どう転んでも、ロワメールにとっては美味しい話である。
長引けば、それだけセツと過ごせる時間が増える。
答えが出ても、願いが叶う。
美しい王子様は何年もの歳月をかけて、この日が来るのを待ち望んでいたのだから。




