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2ー2 おじゃまします

「普通の、家……?」

 ロワメールとカイは、ポカンと口を開ける。聞いていたのと話が違う。



 普通とはなんぞや。

 これを以てして普通とするなら、セツの感覚には審議が必要である。



 そこに建っていたのは、貴族の別荘と言っても通用する立派な屋敷だった。本部棟と同じく華美な装飾は一切ないが、無骨ではない。白を基調にしたシンプルな外観を、森の木々が引き立てていた。



 長年住人が不在だったにも関わらず、屋敷は荒れておらず、辺りも綺麗に整えられている。



 思わず惚けて屋敷を眺めているロワメールとカイをよそに、セツはなんの感慨もなく、さっさと家の中に入っていった。

 広いエントランスは外観同様飾り気はないが品がよい。そしてそれは、屋敷全体に共通しているようだった。



 セツが向かった部屋でカーテンを開ければ、明るい陽光が室内を照らす。



 窓を開くと、爽やかな風が吹き抜けた。大きな窓の外はテラスになっており、美しい色合いの泉がまるで絵画のように見渡せる。



 室内に視線を転じれば、そこは居間と呼ばれる部屋だった。

 成人男性が悠々と寝転がれる大きさのソファに、フカフカのクッション、ローテーブル、暖炉に飾り棚などがあった。どの調度にもアンティークならではの艶がある。それがまた、嫌味のない上品さを醸し出していた。



「素敵な屋敷ですね」

 カイがマントルピースの繊細な飾りに感心しながら、素直に賞賛する。貴族の屋敷の応接間と言っても通用しそうだった。

 室内も掃除が行き届き、傷みは見受けられない。欠かさず手入れされている証拠だった。



「セツ様、普段この屋敷、使ってないんですよね?」

「俺が寝ている間は、ギルドが管理してくれている」



 何年、何十年と無人の家をこの状態で管理する経費を計算し、カイが青くなる。

「維持費!」



「俺がいつ起きてもいいように、常に住めるようにしてくれてるからなぁ」

 その一事だけで、ギルドがどれだけマスターを大切に扱っているかがわかる。



「セツ様、金食い虫ですねぇ」

「言ってくれるな」

 自覚のあるセツが額を押さえる。ギルドの支出のうち、一体どれだけマスターが占めているのか。



「セツ一人に負担を強いてるんだ。お金くらい出すのは当然でしょ」

 ロワメールは辛辣だ。



 不機嫌にフンと横を向けば、壁も仕切りもなく、大きなダイニングテーブルが置かれた食堂があり、更に奥には調理場のある台所が見えた。



「でも、かわった作りですね?」

 カイがロワメールの視線を追い、率直な感想を伝えた。貴族の屋敷の作りとも、庶民の家の間取りとも違う。



 居間から部屋続きで、壁もなしに食堂、台所まで見渡せる。部屋三つが繋がっていた。



「視界の確保がしたかったらしい。俺がなんかやらかさないように」

 台所に移動したセツが、声を張る。



「セツ様は、やんちゃだったんですねぇ」

「赤ん坊の頃の話だぞ!」

 口元を緩めるカイに釘を刺す。



「まだ良いも悪いもわからん小さい頃な!」

 セツはそのまま、色々な棚を開けては不足品を確認し始めた。



「自慢じゃないが、俺は手のかからん子どもだったぞ」

「おや、そうなんですか?」

「師匠がだらしなかったから、しっかりするしかなかったんでな」



「ねーセツ、他の部屋、見て来ていい?」

 居間、食堂と一通り見終わったロワメールが、期待に満ちてセツを見つめる。セツが子ども時代を過ごした家など、見たいに決まっている。



「おー、好きにしろ」

 ゴソゴソと棚を漁りながら、背中で返事をする。



「ついでに窓を開けて、換気してきてくれ」

「任せてー」








 ロワメールはカイを連れて、早速屋敷の中を見て回る。



 居間以外は、ごく普通の部屋が並んでいた。部屋数は多く、どの部屋も広いが、やはり貴族の屋敷と違って応接室や使用人部屋は見受けれない。それどころかほとんどが空き部屋だった。使えるように整えられているのは、居間、食堂、台所以外では風呂、主寝室、書斎、書庫、そして——。



「ここって……」

 ロワメールが入り口で足を止める。室内にはベッドや机、本棚や箪笥といった基本的な家具が揃っている。

「俺が子どもの頃、使ってた部屋だな」



 後ろから、セツが顔を出した。棚の確認は終わったらしい。

 セツが窓を開けると、薄暗かった部屋が精彩を取り戻す。



 居間同様、上品な色合いで纏められていたが、たくさんの本が詰まった本棚や壁にかけられた綺麗な海の絵がセツらしい。

 三百年前、子ども時代をセツはここで過ごしたのだ。



「セツの部屋……」

 ロワメールは素直である。思っていることが筒抜けだった。



「……使いたかったら、使っていいぞ?」

「いいの!?」

「俺は主寝室使うから。好きにしろ」

 笑いを噛み殺しながらセツが許可すれば、ロワメールは嬉しそうに側近に告げる。



「カイ! ぼく、ここで寝る!」

「はいはい。良かったですねぇ」



 王宮並みの結界が張られたギルド本部の、最強の魔法使いの家。しかも貴族並みの屋敷だ。王子の滞在場所としてこれほどふさわしく、安全な屋敷も他にあるまい。



 王子を迎える準備に奔走したであろうモンターニュ侯爵には申し訳ないが、カイが頭を下げるしかない。



「——あ」

 そこで、セツが肝心なことを思い出した。

 側近筆頭に、言い辛そうに伝える。



「……カイ、すまん。この家、寝室が二部屋しかないんだ」

「………」



 ロワメールがここで寝泊まりするなら、側近のカイも当然寝起きを共にするつもりだったはずだ。



「すまん……」

「いいですよ。私は一人寂しく、モンターニュ侯の所でお世話になりますから。ええ、かまいませんとも」

 ニコニコと笑顔だが、間違いなく拗ねている。ずっと三人で行動を共にしてきたのだ。まあ、無理からぬことである。



「お気になさらず。私、全然、全く、これっぽっちも、気にしてませんから」

「数日待て。空き部屋にベッド入れるから」



「でも、カイは領主の所の方が、仕事がしやすいんじゃない?領庁も近いし」

「ロワメール……追い打ちをかけるな……」



 悪意のない、王子からのトドメの一言に、カイは……完全に拗ねた。

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