3 司
「待たせたな」
セツがその部屋に入ると、大きな円卓に座していた四人の司が一斉に起立した。
「マスター」
恭しくセツを出迎える。
セツは彼らに見向きもせず、ツカツカと部屋を横切り、一番奥、いわゆる上座にあたる席を腰を下ろした。
セツから時計回りに炎司、水司、風司、土司の順に座っている。アナイス以外は知らない顔だった。
セツはそんな彼らを一瞥し、期せずして一人の司の上で視線が止まる。
「ほお」
感心し、思わず声が漏れた。
「三色か」
わずかに覗くフードの裏地は薄緑。白、青、黄色……風、水、土の三属性の魔法を使えることを意味している。
魔法使いは皇八島全土でもほんの一握り、その中でも複数の属性を併せ持つ者はさらに限られる。二つの属性を持つだけでもめずらしいというのに、三属性に恵まれるとは稀有な才能の持ち主だった。
セツに感嘆の目を向けられ、白衣を羽織った小柄な風司の女性は挙手をして自己紹介した。
「モニク・サンク・ペリュシュでっす! マスター、よっろしくお願いしまーす!」
司としては、とても若い。大きな丸メガネで顔の半分が隠れているが、学生にも見える。頭の上で丸められたタンポポ色の髪が元気に跳ねていた。
メガネの奥からキラキラした眼差しが、セツを見つめる。魔力の塊であるマスターに注がれる、研究者特有の涎を垂らさんばかりの熱い視線……悪寒が走り、セツは見なかったことにする。
「当代は恵まれた者が多い。モニク殿の他に、もう一人三色がいる」
逃げるように視線を逸らした先で、今度は水司と目が合った。亜麻色の長い髪に男物の着物を着た、うら若き美女である。
「挨拶が遅れた。ジル・キャトル・レオールだ」
「レオール? あのレオール家か?」
「ああ。あのレオールだ」
男装の麗人は、気負いなく頷く。
魔力は遺伝ではない。しかし、魔法使いを多く輩出する家系というものは存在する。その中でもレオール家といえば、優秀な魔法使いが多く生まれることで有名だった。
「例え三色だろうが、力の使い方を間違えちゃあ意味がねえ」
セツの右隣で、怖い顔の老人が唸る。ローブの裏地は黄色、土司であった。
「ガエル・ラミだ。今回は世話をかける、マスター」
ローブの上からでもわかる巌のような体躯、こんがりと日に焼けた髭面の強面は、どう見ても堅気には見えなかったが、土木技術に特化した技術職だそうだ。
「それで?」
椅子の背に体重を預け、セツは今一度司を見回した。
「魔法使い殺しである、俺を起こした理由はなんだ?」
セツが促せば、場の空気がかわる。
魔法使いギルドには、三つの掟があった。
命を対価とせず。
魔法を私闘に使用せず。
いかなる権力にも与せず。
それが、魔法使いの三大タブーである。
掟を破った裏切り者には死を――。
それは、遥か昔からかわることのない、ギルドの絶対の掟だった。
「マスター・セツ。裏切り者の一級魔法使い、三色のレナエルに処罰を!」
四色の司が、セツを見つめる。
「任せろ」
最強の魔法使いは、不敵に答えるのだった。
「……で、なんで俺は、閉じ込められてるだ!?」
セツは不機嫌だった。
ソファに座って腕を組み、苛立ちを隠しきれない。
革張りのソファはふかふかと座り心地がよく、部屋の調度は豪華絢爛だ。テーブルはもとより、ランプひとつとっても最高級品が揃えられている。
ギルド本部でも滅多に使われない、貴賓室である。
——今回は、あなたに同行者がいます。その方がいらっしゃるまで、ここで待っていてちょうだい。
——同行者? ってなんだ? おい!?
アナイスは有無を言わさず、セツをこの部屋に閉じ込めたのである。
しかも驚くセツをよそに、ガチャリ、と無情な音が響いた。
セツが逃げ出さないよう、ご丁寧に鍵までかけたのである。
「宮廷が、黙ってなかったか」
セツはドサリと音を立てて、ソファにもたれかかった。
今回、裏切り者の魔法使いにより、貴族が殺され、領主まで殺されかけている。
無理もなかった。
応接室ではなく貴賓室が用意されたところを見ると、よほどの大物が動いているらしい。
「面倒臭いな……」
窓の外には、眩い夏の陽射しが降り注ぐ。
セミの声がうるさかった。
「……難癖つけて断るか」
逃げることもできたが、それをしたら、さすがにギルドの体面が保てまい。
だが、貴族のお守りもご機嫌取りもごめんである。それは、マスターの仕事ではなかった。
ほどなくやって来るだろう宮廷の高官を待つ間に、セツは断る算段をつけていた。




