33 王子の怒り
「ロワメール……?」
セツが茫然と、自分の名を呼ぶ。
振り返らなくとも、セツがどんな表情をしているか想像がつく。
きっと、信じられないものを見る目で、ロワメールを見ているだろう。
当然だ。
自分はもう、彼の知る無垢な少年ではない。
セツが……最強の魔法使いが、魔法使い殺しと呼ばれていると知った、五年前のあの日から。
——マスター?
王宮を訪れた魔法使いは、ロワメールからその名を聞くと眉をひそめた。
——魔法使い殺しか!?
忌避するように、その名を吐き捨てたのだ。
冷酷無慈悲の魔法使い殺し——それが、ロワメールの命の恩人であり名付け親の、もうひとつの呼び名であると知った。
あの日、あの時から、ロワメールの中で世界がかわった。
「ぼくは、魔法使いが大嫌いだ」
色違いの瞳に、暗く冷たい光が宿る。
「魔法使い殺し? ふざけるな! セツが好き好んで魔法使いを殺してきたと、本気で思っているのか? 私利私欲のためにギルドを裏切る魔法使いがいたから、したくもない魔法使い殺しなんてさせられてるんだ。そんなこともわからないのか?」
ロワメールの中で、魔法使いに対する不信感はずっとあった。
マスターだからと、セツ一人にすべてを押しつけて、平然としている彼らの傲慢さ。
それだけでは飽き足らず、魔法使い殺しと呼び恐れる身勝手さ。
魔法使いに対する疑念は、あの日、怒りにかわった。
(どうしたらいい?)
ロワメールは考えた。
(どうしたら、セツをこの不条理から解放できる?)
ぼくにできることは、なんだ?
「ぼくは、セツを魔法使い殺しと呼ぶ奴らを許さない」
それから、ロワメールは調べられる限り調べ尽くした。
この五年間、魔法について、魔法使いについて、ギルドについて、あらゆる情報を手に入れてきた。
そして、ようやく見つけた、たったひとつの方法——。
「これからは誰にも、セツを魔法使い殺しと呼ばせない。魔法使いの罪は、法の下で裁かせる!」
王子の身分があればこそ、可能な強硬策——ロワメールには、この方法しか思い浮かばなかった。
それは、ギルドがこれまで享受してきた特権を剥奪することに他ならない。
ギルドを敵に回すかもしれない、法の改正だ。
その結果、セツとは今までのような関係ではいられないかもしれない。
セツに嫌われるかもしれない。
それでも、セツが背負わされている、重荷をひとつ取り除く。
そう決めたから。
「一級魔法使い、三色のレナエル、君がその一人目だ」
ロワメールは裏切り者を見据えて、そう宣言した。
「あら、私が初めて? 光栄ね」
レナエルは、アハハと高笑う。
「でも、いいの? 神に選ばれた私を捕まえたら、歴史に汚名を刻むわよ」
レナエルの余裕は崩れなかった。勝利への確信が、揺らぐことはない。
何故なら、レナエルこそが最強だからだ。
「君の戯言に付き合う気はない」
レナエルの親切な忠告を、王子は一刀両断する。
王子の怒りは、硬質な鋼のような冷たさだった。レナエルは首筋にヒヤリとした刃を突きつけられた錯覚を覚えながら、唇を皮肉に歪める。
「残念ね。人の話に耳も貸さないなんて」
「当たり前だ。誰がなんと言おうとぼくはセツを信じるし、世界中が敵になっても、ぼくはセツの味方だ!」
その言葉は迷いなく、真っ直ぐだ。
(可愛いこと。大好きな名付け親を守りたくて必死なのね)
魔法使い殺しを守るためなら、王子はその刀でレナエルを斬ることすら躊躇わないだろう。
その一生懸命さは、一途で健気だ。
(でも、守りたいものなら、私にもあるわ)
婚約者亡き今、レナエルも引くわけにはいかなかった。
(私たちの夢を叶えられるのは、もう私しかいないのよ!)
キュッと唇を引き結び、冷静に状況を分析する。
王子がこれほど強いのは計算外。だが、どれほど強かろうと魔力を持たないノンカドー。
レナエルが本気になれば、敵ではない。
魔法使い殺しは言うに及ぼす。レナエルに毛の生えた程度の魔力しか持たないような男に、負けるはずがなかった。
(真の最強は誰か、見せてあげる!)
魔法使い殺しが最強の座に居座っていられるのは、他人から魔力を奪ったから。
そして風司にあの女が選ばれたのも、あの女が貴族だから。
レナエルが弱いからではない。
真実最強なのは、やはりレナエルなのだ。
(実力のない者は、とっとと消えるがいいわ!)
こんな青二才の坊や、距離さえ取れれば、いくらでも逆転できる。
まずは彼女の最も得意な風魔法で王子を吹き飛ばし、攻撃を止める。その隙に上空へ飛び、体制を立て直す。
反撃はそれからだ。
「風よ……」
レナエルは、魔力を練り始めた。
呪文の詠唱に合わせ、風が大きく渦巻いていく。密度を増し、更に大きく、大きく。
(これで終わりよ!)
例え魔剣を持っていても、魔力のないノンカドーにこの魔法は防げない。
(なす術なく、吹き飛ばされるがいい!)
ロワメールに標的を合わせ、そこで——フッと魔法が消えた。
なにが起きたのか。
まるでロウソクの炎を吹き消したように、発動寸前だった風魔法が消失する。
ありえない事態に思考が停止したほんの一瞬の隙に、今度はレナエルの体がガンッ! と地面に捻じ伏せられた。
「………!?」
もの凄まじい圧力が、身動きひとつ許さずレナエルを地面に縛りつける。
レナエルだけでなく、見えないなにかに押さえつけられ、王子も片膝をつき、苦悶の表情を浮かべていた。
「おい」
地面に押付けられたレナエルの視界に、歩み寄る男の足が見えた。
怒りに染まった低い声が、レナエルの耳を打つ。
「ロワメールには、指一本触れさせないと言ったはずだが?」
お前、今、なにしようとした?
魔法使い殺しのアイスブルーの双眸が、冷ややかにレナエルを見下ろしていた。
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