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32 魔法使いが大嫌いだ

 シュッという微かな音を、レナエルの耳が拾う。

 胸元に走ったわずかな衝撃から、それがローブを斬られた音だとわかった。

  


「え……?」

 


 なにが起こったのか。

 目の前に、王子の美しい色違いの瞳があった。



(どうして!? 十分な距離を取っていたはず!)

 狼狽するレナエルに、再び刀が振り下ろされる。反応できず、またローブが斬り裂かれた。



 何故、王子がここにいるのか。



 考える間もなく、刀が繰り出される。



「ロワメール!」

 魔法使い殺しが叫んでいた。

 


「引け!」

 静止の声も一顧だにせず、王子の動きは止まらない。



 レナエルは慌てて飛び退るが、王子は彼女を逃さず、三撃、四撃と立て続けに斬りつける。

 魔法使いの誇りである黒いローブが、王子の一撃ごとに斬り裂かれていく。

 


(速い……!)

 魔法使いと、真っ向から戦えるノンカドーがいるなんて!

 王族は、身体能力まで常人と違うのか。

 王子の動きが速すぎて、呪文を唱える暇がない。



 レナエルは紙一重で攻撃をかわし続けて……いや、違う。レナエルが刀をかわしているのではない。王子がわざと、浅く斬りかかっているのだ。

 王子にその気があれば、最初の一撃で彼女を仕留めていただろう。

 


 先の言葉通り、彼女を捕らえるために戦意を削ぎ落とそうとしているのだ。



「くっ……!」

 王子を侮っていた。

 その綺麗な姿から、誰がこれほど苛烈な攻撃を予測できただろう。



「『風纏』!」

 レナエルは危険を感じ、風の力を自身に付与した。王子から大きく距離を取る。



 熱く燃え盛る炎を閉じ込めたどこまでも冷たい氷の眼差しが、レナエルを睨んで離さなかった。









「黙って聞いていたら、さっきからベラベラと」

 ロワメールは魔剣を構えたまま、低く吐き出す。

 我慢の限界をとうに超えていた。



 ゆらり、と陽炎の如く怒気が全身から立ち昇る。怒りに、全身の血が沸騰しそうだった。



「魔法使いっていうのは、みんなこんなに頭が悪いのか?」

 ロワメールの冷ややかな怒りを映し、魔剣『黒霧』が妖しく光る。

 


 セツだけでなくレナエルも、息を飲んで美しい王子を見つめた。



「力を奪う? どうやって? 火魔法? 水魔法? 風魔法? 土魔法? それとも魔力魔法? 術式は? 具体的な手順を論理的に言ってみなよ」

 反論の余地を与えず、ロワメールはレナエルを逃さず追い詰める。

『黒霧』は、一振りごとに黒のローブを斬り裂いた。 



「まさか現役の一級魔法使いが、そんな夢みたいな魔法を信じてるなんて、滑稽だね。魔法は、魔法理論に基づき術式を構築する、科学だよ。おとぎ話の万能な能力じゃない」

 


 レナエルは『風纏』で身体能力を強化するも、ロワメールはやすやすと追いつく。

 風の力でどれほど加速しようと、鋭利な銀の刃はレナエルを逃さなかった。



「言っておくけど、ぼくは魔法理論も術式も、たぶん君と同程度に知識はあるから、誤魔化しは効かないよ。さあ、言ってみなよ。どうやって力を奪うんだい?」

 色違いの瞳は刃同様、鋭い輝きを宿してレナエルを見据える。怒りに染まった両眼は、どんな言い逃れも許す気はなかった。

 


「殺して力を奪うなんて、論外だよ」

 息ひとつ乱さず、研ぎ澄まされた切っ先がレナエルをとらえる。





 右に左に袈裟がけに、一太刀ごとに黒のローブがその形を失った。



「論外かどうかは、私が今から魔法使い殺しを殺して、証明してあげる。これは、天啓なのだから!」



 黒のローブは、魔法使いの誇りの証。

 そのローブを斬られてなお、レナエルは余裕を失わなかった。

 


 ——何故、お前が最強ではないのだろうな?

 レナエルの目を覚まさせたのは、その短い問いかけだった。



 婚約者の葬儀の後、立ち尽くすレナエルのもとに、その美しい男はどこからともなく現れた。

 それは、レナエルがずっと歯がゆく、腹立たしく思っていたことだった。



 どうしてこの私が、最強ではないのか。

 この現実に、ずっと疑問と不信を持っていた。



 ——あの男は、マスターは、これまで何人の魔法使いを殺してきたのか。

 その言葉の裏に秘められた意味に、レナエルはゾッとした。

 


 まさか、マスターは殺した魔法使いの力を奪っているのか?



 だが、同時に得心もいったのだ。

 自分が、最強ではない理由に。



 ならば、マスターを殺し、力を奪えば、レナエルこそが最強の魔法使いになれる。

 あの美しい男は、きっと神だ。



 そして神は、レナエルが最強になることこそを望んでいるのだ——。

 


「それは美しい男神だったわ。あの神は、夜の神かもしれないわね。それとも魔力を司る神かしら」



 皇八島は自然崇拝で、多くの神々が祭られている。しかし月神、星神はいても、夜の神なんて、ロワメールは聞いたこともなかった。

 それに『皇八島書紀』に登場する月神も、あくまで神話の登場人物だ。多くの者がそう思っている。



「神は、偽者が最強を名乗ることを見かねて、私のもとに来たの。私は神の啓示に従い、最強になるのよ!」

 レナエルの目は、狂信者のそれだった。



「私は神に選ばれた人間! 頭が高いわ! ひれ伏しなさい!」





 ロワメールは失笑する。

(言うに事欠いて神とは、笑える)

 神を持ち出せば、ロワメールが怖気づくとでも考えたのか。



「神が言ったから、ね。仮に君の言う神が本物だとしても、君は他人から聞いた話を鵜呑みにしただけ。そういうのを世間一般では、唆されたって言うんだよ」 

 レナエルの言葉は、看過できない。何者かがこの女に妄言を吹き込み、セツを狙うよう仕向けたのだ。



 けれど、今取り合うべきことではなかった。

 そんなことは、後でいくらでも調べればいい。



「魔法使いは愚かだと思っていたけど、ここまでくると救いようがないな」

 それは、いつものロワメールとはかけ離れた冷たい声であり、侮蔑に満ちた眼差しだった。



 怒りの奔流は堰を切って溢れ出し、ロワメール本人にすら止められない。

 


 そんな戯言にまんまと騙される愚かさが、マスターの偉大さを、犠牲を、踏みにじる傲慢さが。

 我慢ならなかった。



「——これだからぼくは、魔法使いが大嫌いだ」



2024/7/10 加筆修正しました。

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