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27 すれ違い

「ロワメール、話がある」

 客間に案内された後、そう声をかけたセツの態度は夕食時となんらかわらない。

 それでも、なにを言われるかは想像がついた。



「……ぼくも、聞いてもらいたい話があります」

 ロワメールは努めて平静を装う。



 あてがわれたセツの部屋に入っていく二人の後ろ姿を、カイが心配そうに見送った。

 ここからは、カイは手助けできない。



「大丈夫だ。セツ様ならきっと、ロワ様の話を聞いてくださる」

 カイには祈るしかできなかった。








「明日から、俺は別行動を取る」

 それが、セツの用件だった。


 

 セツ用の客間は、ロワメールの部屋と比べてもなんら遜色なく、豪華で広い。セツはギルド本部から派遣された魔法使いではなく、王子の名付け親としての待遇を受けている。ロワメールから最初に、魔法使いではなく名付け親として紹介されたからだ。

 ウルソン伯爵はロワメールの意を汲み、丁重にセツを扱っている。



 ロワメールは感情を押し殺して、ソファに座っていた。

(そんなことだろうと思った)

 セツがそう言い出すことを、ロワメールはわかっていた。



「それで?」

 慌てるでもなく、聞き返す。

「それだけだ」

「そうですか。なら、お断りです」

 澄ました顔で、お茶を飲む。

 その即答に、セツの眉間にシワが寄った。



「それは、ウルソン伯の話で、裏切り者の狙いがセツだと確信したからでしょう?」

 領主を襲ったのは、セツをおびき寄せるためだ。裏切り者の行動の不可解さは、それで説明がつく。

 満月の夜を狙って姿を晒し、軽い傷を負わせてわざと逃がす。前の事件との関連を匂わせれば、ギルドは氷漬けで眠るマスターを起こすはずだからだ。

 船への襲撃といい、明らかにセツを標的にしている。



「わかっているなら」

「お断りだと言いました」



 セツはソファにもたれかかると腕を組み、大きく溜め息を吐いた。

 


(……昔からそうだ)

 ロワメールの胸の奥を、苛立ちがチリチリと焦がす。



 セツは、いつもそうだった。

 ロワメールの気持ちは聞かず、有無を言わさず、危険から遠ざけようとする。

(ぼくの感情はお構いなしだ)

 


 息を吐き出し、気持ちを抑え、ロワメールはなお淡々と続けた。

「狙われる心当たりはあるんですか?」

「俺が最近起きたのは、五年前ロワメールに会いに行った時と、十八年前くらいだ。強いて言うなら、十八年前の関係者という線だが、今になって、というのは腑に落ちん」

 それ以前の裏切り者絡みだとしたら、もはやお手上げだろう。



「とにかく、俺に用があるのは確実だろうな」

 これまでの行動から、レナエルは挑戦的かつ好戦的と思われた。

 過去、最強の魔法使いであるセツに挑んでくる裏切り者はいなかった。

 なにか企みがある、と考えるのが自然だ。

「それが予想されるのに、お前を連れては行けない」



(……なにを今更)

 二色の瞳に、徐々に苛つきが滲み出す。



「相手の反撃は、最初から想定内ですよ」

 ロワメールは取り合わない。

 そんなこと、はじめからわかっていたことだ。



「想定外のことが起こるかもしれないから、言ってるんだ」

「例えそうだとしても、イヤだと言ってるんです」

「ロワメール……」

 セツは深く溜め息を吐く。



「お前の目的は、事件解決に貢献すること、違ったか? 俺が裏切り者を殺せば、それで済むはずだ」

「だから、ぼくはここで待っていろと?」

「そうだ。お前がついて来る必要はない」



 ロワメールは、ムッと口元を引き結ぶ。

 あまりに一方的な言い分だ。

 ロワメールの意見など、端から聞く気もない。



(また、そうやって……!)

 ロワメールはグッと拳を握りしめた。



 セツは、ロワメールを守ろうとしている。

 わかっている。しかし。

(そんなこと、ぼくは望んでいない!)



 セツだけを危険な目に合わせて、自分は安全な場所になんて、いられるわけがないのに。

(どうしてそれが、この名付け親にはわからないのか!)

 


 落ち着いて、話をしなければならない。大事な話があるのだ。

 わかっていても、苛立ちは募っていく。



「ロワメール」

「イヤだ」

「聞き分けろ、ロワメール」

「イヤだ!」



 企みがある、なんて言うのは体のいい後付けで。

 例えそんなものがなくたって、セツは一人で行ってしまう。

 


 五年前もそうだった。ロワメールを攫おうと企む奴らを潰しに行く時——。



 ロワメールがどんな思いでセツを見送ったか、セツにはわからない。

 心配で心配で心配で、不安で、心細くて。

 セツになにかあったらどうしようと、堪らなく心配で。



(あんな思いは、もう二度とごめんだ!)



 膝の上の拳に視線を落とし、ロワメールは頑なに繰り返す。

「絶対にイヤだ!」

「お前、もう十八になったんだろう? 子どもじゃないなら聞き分けるんだ」



 どれだけ言っても、セツには届かない。

 セツがロワメールを心配してくれるように、ロワメールもセツが心配なのだ。



(……それだけなのに)



 どうして伝わらないのか。



「ロワメール……。危険かもしれないから、残れと言ってるんだ」

「危険? だからなんです? セツは行くんでしょう!?」

「俺はマスターだ」

「そんなの関係ない!」

 ギリッと唇を噛みしめる。



 ——俺はマスターだから。

 ——俺は強いから。

 


 そう言って、いつも一人で全てを背負う。



「最強だから、危険な目に遭ってもいいって言うんですか!?」

 


 そんな考えは間違っている。

 そんな考え方を、ぼくは認めない。

 絶対に絶対に許さない!

 


「セツ一人を危険な目に遭わせない! セツが行くならぼくも行く!」



 マスターの役目だからと言って、いつも一人で行っていまう。

 また、ぼくを置いて行ってしまう。



 セツはいつだってそうだ。

 自分以外の誰も傷付かないように。



(いつもいつも、全部、一人きりで背負うのだ)



 ずっと、そうやって、たった一人で!



「ぼくはもう子どもじゃない! 子ども扱いしないでください!」

 あなたに守ってもらうだけの、無力な子供ではないのだ!

 ロワメールは立ち上がると、乱暴に扉を閉めて出ていった。



 夜半に降り出した雨は、激しく地面に打ち付ける。

 その雨音を聞きながら、ロワメールは一人、まんじりと眠れぬ夜を過ごしていた。

2024/12/06、加筆修正しました。

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