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26 ナス!!

 夕食の席は、和やかな雰囲気だった。



 テーブルの上には料理長が腕を振るったコウサ料理と、酒豪の多いコウサらしく酒瓶が並べられる。これには食欲旺盛なロワメールも酒好きのカイも喜んだ。

 コウサの食べ物は美味しいと、お褒めくださった王子殿下に喜んでもらいたい一心だったアルマンはホッとする。



「ロワメール、それ、食べられるようになったんだな」

 


 セツが、ナスに箸を伸ばすロワメールに感心した。

 茹でて冷やしたナスに薬味をたっぷり乗せ、あっさりとしたかけ汁で頂く、ナスのたたきという料理である。



「セツ、ぼくはもう十八ですよ! ナスくらい食べられます!」

「だって昔は……」

「もう! 昔の話はいいですってば!」

 どうやら王子様は、以前はナスが苦手だったらしい。



「好き嫌いはいけませんので」

「ああ、カイのおかげか」

 澄ました顔でカイが手柄を横取りすると、王子は不満顔だ。



「違う! ぼくが頑張ったんです!」

「だから、カイのおかげだろう? 子供の頃、俺が美味いから食べてみろって言っても、食べなかったじゃないか」

「だって、あれ焼きナス……」



 拗ねる王子様を助けて差し上げたくて、マルマンは勇気を振り絞って助け舟を出してみた。

「や、焼きナスは大人の味ですから。私も子どもの頃は苦手でした」

「そう! あ、今は焼きナスも美味しく頂きますよ。ナスのたたきも美味しいです」



「偉いじゃないか」

 魔法使いに褒められて、王子は嬉しそうだ。



 屋敷に戻ってきてからは、肩の力が抜けたのか、ロワメールも打ち解けた様子を見せてくれた。

 王子様のこんな一面を見られるなんて、思ってもいない幸福である。

 


 アルマンがロワメールに忠誠を誓ったと聞けば、伯父はきっと気分を損ねるだろう。身内にも容赦のない人だ。袂を分かつことになるかもしれない。

 


 でも、後悔はない。

 自分はこの方の配下になったのだと、誇らしい気持ちでいっぱいだった。



 アルマンが初めてロワメールに会ったのは、三年前、十八歳の冬である。父に連れられ、新年の挨拶に王宮を訪れた時だった。



 国王陛下、王太子殿下と並ばれたお姿を拝見すれば、誰もが血を分けたご家族であると納得したはずだ。

 ただ、ロワメール殿下は見目麗しい国王一家の中でも、一際お綺麗であった。成長に伴い子ども特有の愛らしさは消え、今では絶世の美姫と謳われた亡きシャルル王妃もかくやと言われている。

 その美しさはまさに、月神様の末裔と言われるに相応しかった。



 お会いすることは夢。お声がけいただくことは、夢のまた夢。



 今でこそ新年のご挨拶が適うが、ラギ王家の方々はかつてはそう語られるほど神聖な存在だった。

 現人神と崇められていた王家への崇拝の念は現在も色濃く残り、皇八島貴族は絶対の忠誠を王家に捧げる。



 そんな尊きお方にお仕えすることを許してもらえて、こうして一緒に食卓を囲んでいる。アルマンは幸せで幸せで、まるで夢を見ているようだった。

 でも、夢ではない。

 アルマン・キャトル・ウルソンは、正真正銘、ロワメール第二王子殿下の配下となったのである。



 アルマンは夢見心地で、幸せを噛みしめた。








 食事の後、王子一行を客間に案内していると、廊下でバッタリと警護の魔法使いと出くわした。首元のボタンは金、ローブの裏地は黄色、事件の後、警護の契約を交わした一級土使いである。

 年頃は四十代前半、黒い髪を短く切り揃えた精悍な男だった。名をレオポルドという。



 レオポルドは黙って壁際に下がり、伯爵と王子に頭を下げた。



「ああ、レオポルド、ちょうどよかった。紹介しようと思っていたんだ。今回の事件解決にギルド本部が派遣してくれた魔法使い、セツ様だ」

 アルマンは機嫌良く、レオポルドに話しかける。



「セツ様はなんと、第二王子殿下を救った、あの魔法使い殿だぞ!」

 悲劇の王子様と共に語り継がれる魔法使い——興奮のまま伝えるも、レオポルドの反応はアルマンの予想とは違った。



 白い髪に、やや目付きの悪いアイスブルーの瞳。ローブの真っ黒な裏地。

 その姿に、レオポルドの顔面からサアーッと血の気が引いていく。彼は視線を合わせぬよう、床に目を落とした。



「ど、どうした? 具合でも悪いのか?」

 急に真っ青になった魔法使いに、アルマンは気遣わしげに声をかける。



「魔法使い殺し……!」



「え……?」

 アルマンは押し殺した呟きが、自分の後ろにいる魔法使いとすぐには結びつかなかった。



 目つきが悪くて初めこそ怖かったが、話してみると、セツはとても穏やかである。

 王子が名付け親を慕っているのも、魔法使いが王子に愛情を注いでいるのも、二人を見ていればすぐにわかった。

 最初こそセツを疑ったが、この男こそが王子を救った魔法使いに違いない。

(聞き間違いか?)



 しかしそこで、アルマンは王子の双眸に宿る光を見てしまったのだ。



 美しい二色の瞳が刃のような鋭さを湛え、斬るような眼差しをレオポルドに注いでいる。



「庭の見回りをしてきます」

 レオポルドはセツとは目を合わせず、そそくさと立ち去った。

 セツもさして興味なさそうに、おびえる魔法使いを一瞥した他は無反応だ。



「え、えーと……」

「行きましょう」

 ロワメールは言葉を探すアルマンを促して、再び歩き出す。

 その目に、さっきの冷たい光はなかった。



 見間違いかと思うほど、優しい王子様には不似合いな、斬るような眼差し。レオポルドは、なにも粗相はしていないはずだ。

(ならば、何故……?)



 一体なにが、ロワメールの気に触ったのか。

 アルマンは、王子の横顔をそっと見上げた。



 美しい横顔は、まるで彫像のようだ。

 そこから、王子のお心を推し量ることはできない。

 神々の御心は計り知れないように、この美しい王子様のお心もまた知ることはできない。


 アルマンはまるで敬虔な信徒のように、黙って視線を落とすのだった。

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