23 カイという男
「……そんなに騎士隊を守りたいなら、無罪放免を言い渡された殿下とマスターの温情に感謝し、死に物狂いで働きなさい」
項垂れ、今にも消えてしまいそうなレニーに、カイは処分を言い渡す。
「え……?」
自分が言われた言葉が信じられず、レニーは涙に歪んだ視界でカイを見上げた。
「もちろん、殿下とマスターが許されたからと言って、お咎めなしというわけにはいきません。規則に則った処罰を」
騎士団最高統括責任者である第二王子の側近筆頭として、カイは厳しく言い渡す。
「ははあ!」
涙でグチャグチャになった顔で左右を見れば、ダニエル隊長とイスマエル支部長が平伏していた。
「騎士隊は、解体されない……?」
俄には信じられず、レニーは茫然と呟く。そのレニーの肩を騎士隊長は強く握り、ギルド支部長は背中を優しくさすった。
二人の手から、ジワリと現実が染み込む。
レニーは再び、額を床に擦り付けた。
「ありがとう、ございます……!!」
先ほどまでとは違う、滂沱の涙を流す。
安堵に全身の力が抜けてへたり込む、その背中に、再び冷水が浴びせられようとは誰が思おうか。
「殿下とマスターがお優しくて良かったですねぇ。私なら、調べもせず人の話に耳も貸さないような奴は、騎士なんて辞めてしまえって言いますけどねぇ」
ホッと弛緩した心に、冷水どころか氷水がぶっかけられた。
「ちょっと魔法使いに詳しいって言ってましたっけ? 聞き齧っただけの知識で、よくもまあ、魔法使いの全てを知ってる気になれたものですね」
カイは身分を盾に、言いたい放題である。
「自分が偽者と逮捕した、最強の魔法使いに庇われる気分はどうですか?」
わざわざ救い上げてから、これでもかと嫌味を浴びせる。ニコニコとした笑顔が逆に怖い。
「……カイは、あれだな」
「性格悪いでしょ?」
せっかく言葉を濁したのに、主はあっけらかんとしたものだ。
「腹黒さは、ぼくが保証しますよ」
「笑顔で保証することか?」
「セツが偽者扱いされて、カイも腹が立ったんですよ」
王子の外面を保つため、ロワメールはなにも言えない。そんな主の代わりに側近は憂さを晴らしてくれてるわけだが、その表情はとても活き活きとしている。
「カイ、セツを気に入ってるんですよ。あのカイが、なんの含みもなく『良い人』なんて言わないもの」
セツは、複雑な眼差しで側近筆頭を見つめるのだった。
騎士隊舎を後にしても、ロワメールの機嫌は悪かった。
ぜひに護衛を務めさせてほしいとの騎士隊長の申し出は拒否した。騎士隊への信用云々ではない。護衛を必要とする人物がいると、裏切り者に警戒されたくないからだ。そうでなければロワメールだってその申し出を受け、度量の大きい王子を演出している。
「ロワメール、まだ怒っているのか? まあ、あの騎士もこれに懲りて、同じ間違いは起こさないだろう」
不満顔のロワメールをセツは心配したが、的外れもいいところだった。この期に及んで、まだあの騎士の心配をしている。
「セツはもっと怒るべきです」
「俺?」
セツが面食らう。
ロワメールはもちろん、まだレニーを許していない。しかし不機嫌の原因は、レニーではなかった。
彼の暴走が今日だけのものでなく、これまでも独善を振り回していたなら、今回のことで騎士隊は針の筵とかわる。
それが、相応の報いとなるはずだった。
だから、レニーはもういい。
ロワメールが怒っているのは、セツに対してだった。
「偽者呼ばわりされて、腹が立たないんですか!?」
「しかしなぁ、誰がなんと言おうと、俺がマスターなのは俺が一番知ってるし……」
「そういうことじゃないでしょ! セツは自分の価値や権利をわかってなさすぎる!」
ロワメールがどれだけ怒ってもセツには伝わらず、歯痒さが募る。
「セツは優しすぎるんです!」
「優しいのは、俺じゃなくてお前だろ? 俺のために怒ってくれてるじゃないか」
まるであやすように宥められても、ロワメールの怒りは増すばかりだ。
「あんな理不尽な扱いを受け入れちゃダメだ! 尊厳や誇りが傷付けられたら、怒らなきゃダメなんだよ! セツがそんなだから……!」
「そんなだから、なんだ?」
ロワメールはハッとして、慌てて口を閉ざす。
明らかに口が滑った。
「……ぼくが、怒るしかないじゃないか」
色違いの瞳をセツから逸らし、ボソボソと誤魔化す。
カイの視線を感じながら、ロワメールは自己嫌悪に陥った。
優しい名付け親は、きっとロワメールがなにに怒っているのかわかっていない。
けれどセツは、ロワメールが口をつぐめば無理に聞き出そうとはしなかった。
結局、その優しさにロワメールも甘えているのだ。
「お腹空いたね。ウルソン伯のとこ行く前に、ご飯食べよ」
この情況が情けなくて、ロワメールは無理矢理に笑顔を作った。
少し遅い昼食は、街なかにある庶民の飯屋でとった。
ロワメールもカイもなんの躊躇もなくのれんをくぐり、港町ならではの美味しい魚を堪能する。特にカツオの身の表面を炙ったたたきは気に入ったようだった。
「この魚、美味しいー! ネギが合うね!」
「贅沢ですねぇ。新鮮な魚を炙るなんて」
ほくほく顔で、コウサの郷土料理を堪能する。
満足して店を出た一行は今度こそ、コウサ領主、ウルソン伯爵の屋敷を目指した。
犯行時の状況を聞きたい、とのセツの希望である。
どうしても、殺さなかった、その一点に疑念を拭えないようだった。
「お前たちは、ついて来なくていいぞ」
「え!? なんで!?」
セツの一言に、ロワメールが驚く。
「なんでって……」
驚かれて、セツのほうが驚いた。
「いや、ウルソン伯爵って、お前の敵陣営の人間なんだろ?」
「あー……」
セツの指摘に、ロワメールは微妙な反応を返す。
ウルソン伯爵は、反第二王子派の筆頭プラト侯爵の甥だ。
どう考えても、敵陣である。
だが、領主の領民からの評判は悪くなかった。今回の事件で、誰も、ウルソン伯爵が悪事に加担したとは思っていないのだ。
「坊っちゃんは、そりゃあ子どもの頃から秀才さね!」
「ただ、ちょーっとどんくさくて、ちょーっと気弱だけどな!」
「でも、頑張って領主をしてなさるよ」
と、まるで親戚の子のように、代替わりしたばかりの新領主を見守っている。
ロワメールの敵と聞き、もっとわかりやすい悪徳領主かと思っていたら、意外に人望があった。
「そうですねぇ。派閥的には反第二王子派ですけど……」
カイの態度も煮え切らない。
ウルソン伯爵はどんな人物なのか。
セツは一人、釈然としなかった。




