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22 独善の代償

「なにとぞ、命だけは……!」

「命、ねぇ」

 責任ある立場の人間に土下座され、ロワメールは辟易した。

 いつの時代の話だと、内心肩を竦める。皇八島は、そんな野蛮な国ではない。



「どうする? セツが許せないなら、罷免にできるけど?」

 きちんと捜査した上での誤認逮捕ならともかく、レニーの逮捕は単なる言いがかりである。皇八島の法律に則れば、処分の対象であった。



「いや、クビにしなくていいさ。功名心ではなく、正義感で空回ったようだしな。魔法使いも、若い奴が空回るのはよくあることだ」

 酷い扱いを受けたにも関わらず、セツは怒っていない。



「セツは優しすぎるんだよ」

 ロワメールはそれが納得いかず、口の中でボソリと不平を漏らした。



 青い顔で項垂れるレニーを見つめる。

 言いたいことなら山ほどある。本当ならここで、嫌味の一つや二つや三つや四つ、言ってやらねば気が済まない。



 だが、その全てをロワメールは飲み込んだ。王子として、感情のまま罵ることはできなかった。

 


「誤認逮捕された本人が問題にしないと言っているのに、ぼく個人の感情で重い処分にはできません」

 自分は許していないのだと、冷たく棘は潜ませる。



 色違いの瞳に一瞥され、心得たカイが王子と入れ替わった。

 


「さて」

 針のごとき眼差しが、レニーを刺す。



「ヨコクに上陸した途端、領主暗殺未遂犯追跡中の、最強の魔法使いへの理不尽な足止め。偶然とは思えませんが?」

 腕を組み、カイが冷徹に見下ろした。



 通常、事件が発生すれば騎士隊が捜査し、容疑者を逮捕。そこから裁判で刑が言い渡されるが、魔法使いが罪を犯した場合は違う。

 騎士では、魔法使いに歯が立たないからだ。



 騎士隊は捜査、追跡などの協力をすることはあっても、罪を犯した魔法使いの処遇はギルドの管轄。捕縛から刑の執行までを、ギルドが執り行う。



 そして裏切り者の魔法使いをキルドの掟に則り、処断するのがセツである。



 この誤認逮捕は、レニーが領主暗殺未遂犯、魔法使いレナエルの仲間であるからこそ行われた捜査妨害の可能性かある、とカイは言っているのだ。

 レニーの顔から、完全に血の気が失われた。



「ち、違います! オレはそんな……っ!」

 身の潔白を証明しようとするも、突然の嫌疑に焦り、うまく呂律が回らない。



「捜査もせずに罪をでっちあげた、こんな荒唐無稽な誤認逮捕、そう考えるのが自然では?」

「ニュアージュ卿!」

 ずいっと一歩進み出たのは、騎士隊長だった。

 


「それだけは決してないと、私の進退をかけて誓います! コウサ騎士隊は、犯罪者を出すような腑抜けた一団ではない!」

 騎士隊長が己の威信をかけて断言する。



 コウサ騎士隊は、気骨があることで知られていた。団結力も強く、彼らの中から犯罪者と通じる者がでるとは考えにくいのも、また事実である。



「わかりました。そこまで仰るなら、騎士隊長を信じましょう」

 カイも、コウサ騎士隊の中から犯罪者が出るとは本気で考えていなかった。



 なによりこんな馬鹿な男に犯罪の片棒を担がせるのは危険が大きいし、仮に捜査妨害ならもっと上手いやりようがある。

 ようはレニーへの嫌がらせと併せて、騎士隊長へ恩を売ったのだ。



「では、誤認逮捕の処罰は、コウサ騎士隊の逮捕権を剥奪か、いっそ騎士隊解体か……」

 次いで呟かれた聞こえよがしな恐ろしい独り言に、レニーはハッとして顔を振り上げる。



「騎士隊解体なんて! みんなには迷惑はかけられません! オレをクビにしてください!」

 ことの大きさにレニーは震え上がったが、カイは冷静に若い騎士の嘆願を拒絶する。



「あなたは、王子殿下とマスターに迷惑をかけたのに?」

 あまりに都合の良い言い分だ。



「自惚れも大概にして下さいね。あなたに、それほどの価値があるわけないでしょう? あなた一人をクビにしたからって、罪をなかったことにできると?」

「なら、切腹してお詫び致します! 騎士隊のみんなは勘弁してください!」



「あなたが死んでもなにも解決しないのに、それでなにを勘弁しろと? そんなもの、あなたの自己満足に過ぎませんよ」

 カイは痛烈だった。舌鋒は鋭く、緩まる気配はない。



「王子様を助けてあげないと? 何様ですか? ふざけないでいただきたい! 私をはじめとした側近がついていながら、あなたごときの助けが必要になる事態に、この方が陥るとでも?」

「そんなつもりは……」

 


 容赦なくレニーを責め立てるカイを見ながら、セツがロワメールに囁いた。

〈止めなくていいのか?〉

〈カイに任せておけば、大丈夫です〉



 ロワメールは助けに入ろうとするダニエルとイスマエルを目で制しながら、事の成り行きを見守る。



「我々王子殿下の側近を、職務怠慢もしくは無能と侮辱しておきながら、言い逃れできると?」

 自分の発言の無神経さを、レニーは思い知る。



「悪気はなかったんです! 本当に偽者だと思ったから……!」

「悪気がなかったですむなら、やっぱり騎士隊は要りませんね」

 レニーは打ちひしがれた。なにを言ったところで言い訳にもならない。



「あなたは、なんの権力もない一般人に逮捕権を行使した。あなたより大きな権力を持つ私が、それを使って、正当な処罰を与えてなにが悪いんです? あなたは罪をでっち上げて、無実の人を犯罪者にしようとしたのに?」



 偏狭な正義感の暴走。その代償はあまりに大きく、絶望の淵に立つレニーは、自分がしでかした罪の大きさに押しつぶされそうだった。



「申し訳、ありませんでした……」



 涙ながらの、消え入るような謝罪に意味があるのか。謝ったとて、許されるはずもない。

 しかし今のレニーに、それ以外の言葉は出てこなかった。



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