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4ー32 優秀な専属護衛

「おや、そのネコは……若様のネコですかな?」

「そうだよ」

 ロワメールの肩にちょこんと乗った茶トラの子ネコに、モルガンは目を細めた。

 ミエルは、胡散臭そうにモルガンを値踏みしている。


「これはこれは。可愛らしい子ネコですな。おー、よちよち」

 猫なで声で、モルガンはミエルに手を伸ばした。


 自分を撫でようとする大きな手に、ミエルが警戒する。

 子ネコが背を丸めて威嚇をする直前、ヒューイが動いた。モルガンのたるんだ腕を、素早く捻り上げる。


「な、なにをするか!」

 支部長の顔が痛みに歪んだ。


「誰であろうと、許可なき者がこの方に触れるのは許さない」

 ヒューイは、顔色ひとつかえず握る手に力を込める。


「ぐっ……!」

 ヒューイの行動は王子の護衛として正当なものである。モルガンも、それを認めざるを得なかった。


「ち、違う! 私はネコを撫でようとしただけだ! 若様に触れるつもりはなかった!」

 ようやく開放されたモルガンは、屈辱と痛みに耐えながら腕をさする。


「ぼくの護衛は、仕事熱心でね」

 にっこりと笑みを浮かべ、ロワメールは配下の行動を謝らなかった。つまり、モルガンに非があると、王子も思っているのだ。


「いえいえ、紛らわしい行動をした、わたくしが悪うございました」

 自らの過ちを、モルガンは謝罪する。一民間組織の一支部長が、王族に刃向かえるわけもない。


〈ありがと。ちょっとスッキリした〉

〈お安い御用〉

 王子の苛立ちを汲み、心優しくも不器用な専属護衛は実力行使で支部長を黙らせたのだ。


「さあさ、こんな所で立ち話もなんです。どうぞ奥へ」

 腐っても支部長。話と意識を早々に切り替えると、モルガンは満面の笑みで貴賓室への移動を促す。


 ギルドの受付は依頼人と魔法使いで混み合っていたし、ラウンジにいる魔法使いたちは支部長とマスターとのやり取りを興味津々に盗み見ていた。


(えー、嫌だな)

 衆目に晒され、聞き耳を立てられるのも気分は良くないが、この支部長と密室で面と向かって話すのはもっと嫌だった。

 しかし王子であることがバレた以上、ここで立ち話もできない。


(困った)

 セツが窮状に気付いてくれないかとチラリと目を向けた時、救世主が現れた。


「マスターではありませんか! 来てくださったのですね!」

 喜び満ちた声が、ロビーに響く。一人の女性が、カッカッと軽快にヒールの音を鳴らした。


 現れたのは、ロワメールの記憶に新しい魔法使いである。

 白い裏地の黒のローブに、クルクル巻き髪の金髪ツインテール。ギルド祭四属性対抗試合の風使い代表選手ジュヌヴィエーヴ・シス・ローズであった。


「ジュヌヴィエーヴか。そう言えば、キヨウ所属だったな」

「はい。マスターがお越しくださるのを、心待ちにしておりました」

 その笑顔は社交辞令としては華やかで、それが彼女の本心であることを物語る。とそこで、ジュヌヴィエーヴはセツの横に並ぶ黒髪の美青年に気が付いた。


「まあ、若様!」

「やあ、ジュヌヴィエーヴ嬢」

 目を見張り、改まって淑女の礼をとる令嬢に、ロワメールも気安く声をかける。


 変装中の今は王子という立場ではないし、ジュヌヴィエーヴは肝の据わった女性だった。ロワメールが声をかけたからといって、倒れたりしないのは実証済みである。


「本日もお二人ご一緒で……。本当に、仲がよろしゅうございますわね」

「う、うん……?」

 胸の前で両手を握り、うっとりと二人を見つめた。その紫がかった目は、心なしか潤んでいる。


「はあ、尊い」

 相変わらず謎な溜め息を漏らす。


「ところでマスター、こちらにおいでくださったということは、わたくしたちと手合わせしていただけるのでしょうか?」

 その一言に、ロビーやラウンジで聞き耳を立てていた魔法使いたちがざわめいた。


「ん? そうだな……ロワメール、ちょっといいか?」

「うん。ぼく、セツの魔法見るの好きだよ」


「ジュヴィ、でかした!」

 許可が下りたと、魔法使いたちが一斉にセツに群がった。「おれも!」「わたしも!」と、セツに手合わせを希望する。


「ああ。わかったから。全員相手をしてやる」

 多少面食らいながらも、セツが興奮状態の魔法使いたちを落ち着かせる。

 シノンで手合わせをした噂が、キヨウにも届いているのだ。


(だから彼らは、ソワソワとこちらを窺っていたのか)

 キヨウ所属の魔法使いは、権威主義で守銭奴の支部長とは違うようである。最強の魔法使いと手合わせを望み、話しかける機会を探っていたのだ。


「場所はあるのか?」

「本部のような闘技場はありませんので、オウ川の河川敷で」


 王都の東限を南北に走るのがオウ川である。

 春はサクラ並木、夏は川床料理、秋は紅葉、冬はユリカモメと、四季折々の美しい景観を楽しめる王都住民の憩いの場が、魔法使いたちの修行の場でもあるようだった。


 セツたちがオウ川に向かおうとしたところ、ちょうどギルドに飛び込んで来た少年とかち合う。

 

「ジュヴィねえちゃん!」

 息を切らした少年は、ジュヌヴィエーヴを見つけるなり縋り付いた。


「マルク?」

「ジュヴィねえちゃん、助けて!」

「なにがあったの?」


「孤児院が——」

「なんだ、この子どもは!」

 助けを求める少年とジュヌヴィエーヴを、野太い声が遮る。


 少年の姿は、この場では浮いていた。着物は、清潔だが見るからに質素で、健康そうではあるが痩せている。

 十歳くらいの少年は貴族ではなく平民、それも孤児だった。


「ギルドは、お前のような子どもが来る所ではない! 帰れ!」

 モルガンは、ギロリとマルクを睨みつける。

 支部長はいつも、平民からの依頼には嫌な顔をした。それが貧しい孤児からならなおさらだ。


 そんなモルガンの態度に、魔法使いたちは露骨に顔をしかめ、ある者は舌打ちさえする。


「マルク、続けて」

 ジュヌヴィエーヴは支部長を無視し、少年を促した。ただ事でないのは、一目瞭然である。


 ジュヌヴィエーヴだけでなく、その場の全ての魔法使いが少年に注目した。


「孤児院で工事の足場が壊れて、工事の人が下敷きに! ジュヴィねえちゃん、助けて!」

 少年の悲痛な叫びに、ギルド内を一気に緊張が走り抜けた。






 

❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー34 魔法使いの価値 は、11/12(水)22:30頃に投稿を予定しています。

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