4ー31 魔法使いギルド、キヨウ支部
下商業街の目の前、上商業街にギリギリ食い込む立地に、魔法使いギルド、キヨウ支部はあった。
ギルドのキヨウ支部への訪問は、セツの希望である。マスターとして、顔を出すべきと判断したのだろう。
「これはこれは北辰伯、ようこそおいでくださいました!」
ふくよか、というにはいささか無理のある、太りすぎた中年男性が揉み手をしながらセツたちを出迎える。
「わたくし、魔法使いギルド、王都支部長モルガン・シス・ラミにございます」
金の亡者、拝金主義、守銭奴、吝嗇家、全部この支部長に対する陰口だ。
黒いローブの下で、たっぷりと脂肪と私腹を蓄えた腹が揺れる。大きく膨らんだ腹に巻かれた、金糸のふんだんに使われた派手な帯が嫌でも目に付いた。
これで炎使いの戦闘職だと言うのだから、聞いて呆れる。
少なくともロワメールは、シノンでこんなたるんだ体の戦闘職の魔法使いは見かけなかった。
「お目覚めになられて王宮にいらっしゃると聞いておりましたので、いつこちらにおいでになるのかと、心待ちにしておりましたよ」
モルガンの舌に塗られた潤滑油は上等らしく、ベラベラとよく喋る。愛想だけはよく、表面上はセツを歓迎した。
(白々しい)
ロワメールは心の中で毒づく。
「シノンに比べると、狭苦しくてお恥ずかしい限りです。なにせ地方と違って王都は地価も高く、人気の土地でして、なかなか敷地面積を増やすこともできませんで」
広さこそ本部とは比ぶべくもないが、土地の限られた王都にこれだけの間口を持つのは立派なものだった。さすがは魔法使いギルドと言ったところか。
全国に支部を持つ魔法使いギルドが王都に支部を置くのは当然だが、本来王都に店を構えることはステータスでもある。
また要塞を連想させる本部とは異なり、キヨウ支部には老舗ならではの風格と王都ならではの華やぎがあった。
貴族の客を意識したギルド内は上品で、正面の受付カウンターには革張りの椅子が並び、ロビーの真ん中に置かれた一抱えもある大きな花瓶には、ダリアを中心とした秋の花が溢れんばかりに活けられて、その豪奢に目を奪われる。
向かって右手にあるラウンジでは、魔法使いたちが情報交換をしたり、仕事の打ち合わせをしていた。
「混み合っておりますでしょう。なにぶん王都はお客様が多く、忙しくて忙しくて。のんびりしているシノンから来られたら、驚かれたのではありませんか? なあに、ご心配には及びません。王都支部は契約数全国一位ですが、それだけのお客様を捌けるだけの、十分な数の魔法使いが在籍しておりますので」
謙遜に見せかけて、暗に本部を田舎とこき下ろしている。
魔法使いの在籍数は本部よりキヨウ支部が多いのも事実だが、モルガンの口振りは、まるでシノンが格下で、このキヨウ支部こそがギルドの中心であるかのような口振りだった。
しかし、モルガンの言葉に嘘はない。キヨウ支部には、魔法使いとの契約を求めた依頼人が多く訪れている。
受付はどの窓口も埋まり、魔法使いたちもひっきりなしに出入りしていた。
しかし、だ。
(なんでよりによって、こんなのがキヨウ支部長かな)
キヨウを自慢するのにシノンを下げる意味がロワメールにはわからないし、不快だった。
(ホント、この人、大っ嫌い)
この支部長こそ、ロワメールの魔法使い嫌いを決定的にした張本人である。
――マスター?
――魔法使い殺しか!?
五年前、モルガンは眉をひそめてその名を吐き捨てた。
冷酷無慈悲の魔法使い殺しとセツを蔑んだことを、ロワメールは絶対忘れない。
王子の命の恩人で名付け親であるとわかった途端に掌を返そうと、ロワメールのモルガンに対する嫌悪感は覆らなかった。
この男にとってマスターは、「裏切り者を処分するくらいしか使い道のない、無用の長物」でしかないのだ。
千年も前の魔主の襲撃などもはや伝説と嘯き、マスターの不必要さを説く。
魔法使いにあるまじき暴論であるが、要は氷室で眠るだけの最強の魔法使いに莫大な金がかかるのが、ケチなこの男は気に食わないのだ。
「それにしても北辰伯とは、ご立派になられましたなぁ」
セツのローブの襟元には、マスターの証である黒ボタンと、ロワメールによって着けられた白と水色の北辰勲章の略綬が輝いている。
(初対面のくせに、なんで上から発言だよ)
ロワメールは、モルガンの台詞がいちいち気に入らない。
「北辰伯って呼ぶな」
対してセツは、誰に対しても態度がかわらなかった。
「なにをお言いか! 代々のマスターが受け継ぐ称号を、国王陛下より賜ったのですぞ! これがどれほどの意味かおわかりか? マスターの価値がかわったのですぞ!」
魔法使いのくせに権力に擦り寄る支部長は、わかりやすく目くじらを立てる。
(偉そうに。君たち魔法使いが、マスターの意味も価値もわかっていないから、ぼくがかえたんじゃないか)
これ以上は聞くに耐えないロワメールは、咳払いをして注意を促した。
「おや、そちらはどなたですかな?」
ロワメールの顔を覗き込んだモルガンは、ヒッと悲鳴にも似た音を立てた。
「こ、ここ、これは殿……若様!」
どれだけ変装しようと、稀有な色違いの瞳は誤魔化せない。なによりその美貌は間違いようがなかった。
「このような狭苦しいところにお越しいただき恐悦至極にございますが、御用がございましたら、いつなりと参上いたしましたのに」
それでも舌の根が凍りつかないのはさすがであった。
いつもはふんぞり返っている支部長が媚びへつらい、へりくだる様子に、ギルドに居合わせた魔法使いたちが奇異の目を向ける。
「ぼくに用はない。セツについて来ただけだよ」
「左様でございましたか。名付け親様とご一緒に。仲がようございますなぁ」
ロワメールは忍耐と努力を総動員して、最低限の社交辞令の笑顔を浮かべる。
ロワメール自身はモルガン支部長になんと思われようとどうでもいいが、王子としてはあからさまな嫌悪は隠すべきだった。
権力者も、ままならないものである。
❖ お知らせ ❖
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4ー33 優秀な専属護衛 は、11/5(水)22:30頃に投稿を予定しています。




