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19 ヨコク島上陸

「あー、地面が揺れてない!」

 ロワメールがうーんと伸びをし、久しぶりの大地に感動した。



 抜けるような青空と海鳥の鳴く声に、遠くヨコク島まで来たのだと実感する。

 船はコウサ領の玄関口、オウハ港に無事到着していた。



「魔法使い、ありがとう!」

 下船際、乗客たちが口々に礼を言う傍ら、船長はあんぐりと口を開けている。



(まあ、そうなるよね)

 ロワメールは、セツと船長のやり取りを横目に苦笑した。



 セツが意味のわからない理由を並べて、船長の手に金貨を押しつけている。荷を下ろす水夫たちがチラチラ様子を見る先で、船長は日に焼けた顔にありありと困惑を浮かべていた。



「船が沈むと俺も困るから、半分」

「お、おい、魔法使い?」

 船長の大きな手に、ごっそりと金貨が置かれる。

 


「俺の連れも乗っていたから、更に半分。で、もう一人連れがいたから、この半分でいい」

「いや、対価が安いにこしたこたぁねぇが……」



 船長は、なにがなんだかわからないまま突っ立っていた。

 連れ、という見るからに貴族のお坊ちゃんにたんまり報酬をもらっているのか、魔法使いの手元に残った金貨はたった十枚ちょっと。

 いくらなんでも安すぎやしないか?



「そしてこれは俺から」

 そう言って、魔法使いは手元の金貨全てを船長のゴツい手に押しつけたのである。

 船長はいよいよ面食らった。



「あの波の中、よく持ち堪えてくれた。いい腕だ。みんなで酒でも飲んでくれ」

 それだけ言うと、さっさと背を向けて歩き出してしまう。



 ポカーンとその後ろ姿を見送っていた船長は、ハッと我に返ると、その背に向けて野太い声を張り上げた。

「魔法使いー! あんたはこれから一生、オレの船にはタダで乗せてやるよー!」

 日焼けした顔に白い歯を浮かべ、船長は命の恩人に大きく手を降る。

 振り返った魔法使いは、フードの奥で小さく笑ったようだった。



「セツ様、男前すぎやしませんか?」

 船長とのやり取りを見ていたカイが、少々呆気にとられている。

 


 金貨百枚、百万ファランをみすみす手放したのだ。都市部に暮らす皇八島国民の平均年収が約四百万ファラン、ざっと月収三ヶ月分である。



「さっきも言っただろう。アレは魔法使いの攻撃で、ロワメールに身に覚えがないなら、狙いは俺だ。なら、対価をもらうわけにはいかないさ」



 セツが相手を認識したように、相手もセツの姿を認めたはずだ。

 わかっていて、あえて姿を晒したのである。挨拶代わりといったところか。



 賑わう通りを歩きながら、カイが感心してみせる。

「無欲ですねぇ」

「別に金には困ってない」



 セツはマスターとしてギルドから多額の報酬をもらっているが、人生の大半を眠っているのだ。使うタイミングがないので、貯まる一方である。 



「それに俺と正式に契約を交わしたら、ゼロの数が違うからな」

 思わず、ロワメールとカイが顔を見合わせた。



 いくつ違うかは、言わぬが花である。








 キキとヨコクは島が違えど同じ国。特産品や郷土料理は島々で特色があるが、文化に大きな違いはなかった。けれど旅人は、一目で異島に来たと実感する。



「青いー!」

 屋根の色が島によって違うのだ。



 ロワメールが聞いたところによると、屋根の材料である土が島によって違うらしい。ちなみに、王都のあるキキ島の屋根は灰色、ギルド本部のあるユフ島は緑色だ。



 このヨコクは海の島と呼ばれるが、それはなにも青い屋根が波を連想させるからだけではない。 



 ロワメールが振り返れば、水平線まで見渡せる青い海が目の前に広がる。海が近かった。

 海岸線はコウサ領の東西に弧を描くように走り、雄大な海を身近に感じさせる。船の上で見る海と、陸に上がって見る景色はまた一味違った趣を感じさせた。



 港から道なりにコウサの街を歩けば、青い屋根の家々の間に屋台や露天が並び、新鮮な魚や野菜、酒などが売られている。



 ヤマモモやコナツ、スイカといった果物の甘い匂いを嗅いだと思ったら、次は目の前の海で揚がったばかり地魚の刺し身を白飯に乗せた丼を水夫がかき込んでいる屋台がある。

 地元客で活気づいた港市場に、ロワメールの心はワクワクと浮足立った。



 散歩がてらにのんびり歩けば、海風が暑さを吹き払ってくれて心地良い。 



 道の両脇にある様々な店先を楽しげに眺めるロワメールを、すれ違う人が皆、振り返っていた。輝く銀の髪に色違いの瞳、中性的な美しい顔立ちに、誰もが見惚れている。



「こんなに目立って大丈夫ですか?」

 カイが警戒して、セツに囁く。



「先ほどの襲撃、裏切り者のレナエルですよね?」

 悠然と構えているセツに、カイは質問を重ねた。



「十中八九な。ギルドで聞いた人物像とも一致する」

 カイとセツは、ロワメールの左右で目を光らせている。不埒な輩が王子に近付くのを防ぐためだが、上背のあるカイと黒のローブの威圧感はなかなかのものである。



「襲撃犯は、わざと姿を晒して攻撃している。自己顕示欲が強く、自信家だな」

 これ見よがしに姿を現し攻撃してきた理由は、実力を誇示したかったのか、それとも魔法使い殺しの腕を試したかったのか。

 どちらにせよ、ずいぶん挑発的である。



「心配するな。たとえいつ襲ってこようが、ロワメールには指一本触れさせんよ」

 不敵に笑ってみせるセツには、微塵の不安もない。迎え撃つ絶対の自信は頼もしいかぎりだった。

「セツ様の強さは、疑っておりません」



 彼らが歩くのはコウサの街の大通りだが、時々巡回中の騎士とすれ違う。

 いまだ連続殺人の犯人は捕まっておらず、街の中は警戒態勢が続いていた。



「おい、あれ」

 雑多なざわめきの中、険のある声が耳を刺す。

 ロワメールが視線を巡らすと、二人の騎士がズカズカとこちらに歩いてきていた。



 人々が行き交う雑多な人混みの中、セツがふいに足を止める。

「セツ様? どうしました?」



 彼らの前方に、警ら中の騎士がいた。

 若い騎士はこちらを睨みつけ、行く手を立ち塞ぐ。

「おい、止まれ、偽者! お前を逮捕する!」


 何事かと訝るカイの目の前で、騎士はセツに指を突きつけたのだった。

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