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4ー31 王子様の王都観光ツアー

 キヨウ観光の目玉といえば、歴史ある街並み、由緒ある神殿、そしてなんと言っても絢爛豪華な王宮である。


 しかし、セツは王宮で寝起きしている。

 よって、王宮見学はなし。


 神殿巡りも……ロワメールは、セツが神殿に参拝しているのを見たことも聞いたこともない。たぶん、あまり興味がないのだろう。

 そもそも四属性のセツが参拝するとしたら、火神神殿、水神神殿、風神神殿、土神神殿の四神殿になるのだろうが、複数の神殿を参拝すると神様が嫉妬するから、とあまり推奨はされていない。


 なら歴史ある街並み散策かといえば、セツにとっては取り立ててめずらしくもないものだった。三百年前の屋敷だって、見慣れた光景なのだ。よって、これも却下である。


 キヨウ観光のおすすめスポットは軒並み不採用だが、ロワメールには秘策があった。

 セツに王都を案内するならどこがいいかずっと考え、絶対喜んでくれるであろう場所に目星をつけてある。


 その場所とは、ズバリ——。


「じゃじゃーん! キヨウの台所、シキ市場だよ!」

 ロワメールは両腕を広げ、自信たっぷりにセツに紹介する。

 彼らのいる通りの右を見ても左を見ても、店がズラリと並んでいた。


 シキ市場は商業街からは外れ、清明通りと穀雨通りの間にあるシキ小路を、東西に四百メトル弱続く長い市場である。

 生鮮食品に加工商品、飲食店まで百三十軒以上の店舗が並ぶ大きな市場だった。


「すごいな……」

「でしょ? ここは、いつ来ても人がいっぱいだよ」

 圧巻されるセツに、ロワメールも頷く。

 客層も様々だ。夕飯の食材を買いに来た庶民から、料理店の板前や貴族のお抱え料理人、観光客まで多彩である。


「ここは、少なくとも四百年以上前から市が立ってたんだって」

「そう言えば、昔もこの辺に市があったか」

「この辺りには冷たい地下水が流れていて、それで食材の保存に適してるとか聞いたよ」

 念願の財布を手にし、ロワメールは意気揚々と市場を歩きながら、セツに解説する。


 青果、雑穀、香辛料、川魚、豆腐、漬物、酒、乾物、お茶、お菓子……数え上げたらきりがないほど、多種多様な店が軒を連ねていた。


「毎度ありー!」

「今朝取れたミズナとコマツナだよぉ!」

 店々で店主と客がやり取りし、客の途切れた店では大きな声で売り子が客引きをしている。

 とても活気に溢れ、賑やかだ。


「あ、ここの湯豆腐美味しいって、ノアとノエが言ってた」

「湯豆腐か、いいな」

 のんびりと市場を散策しながらロワメールが小料理屋を指差せば、セツも興味津々な様子だった。


 漬物屋の前で足を止めれば、店主がハクサイのぬか漬けを味見させてくれる。

 肩にネコを乗せた黒髪の美青年と魔法使いの二人は目立つのか、他にも色んな店で味見してってよと、気さくに声をかけられた。

 

「お昼ごはん、食べずに来たらよかった」

 早々にロワメールが後悔する。

 味見したどれも美味しく、もっと食べたくなってしまった。


「さすが王都だな。品揃えがいい」

 セツも食材の新鮮さに目を瞠りながら、楽しそうに店先を覗きこむ。

 ロワメールが思うに、セツはたぶん、料理をするのが好きなのだ。本人は必要に迫られてしているつもりだが、料理をしているセツはいつも楽しそうである。


 そんな中、セツが一軒の店の前で足を止めた。

 茶葉を扱う店である。


「この店……」

「セツ、どうしたの?」

「師匠が好きだった店だ」


 セツが見上げる『錦秋茶舗』と屋号の書かれた看板は、ずいぶん年季が入っている。

 オジ師匠がキヨウに来るたび、この店で茶葉を買っていたそうだ。


「お茶、飲んでいこうよ」

 思い出の味なら、ロワメールもぜひ味わいたい。奥には喫茶スペースもあるようで、テーブルも見受けられる。

 店先にも椅子が置かれ、ミエルを連れていても利用できそうだ。


「ご贔屓にどうも」

 彼らの会話が聞こえていたらしい店員が、笑顔でお茶を持ってきてくれる。店員もまさか三百年前のこととは思うまいが、師弟での愛顧は店にとっても嬉しいに違いない。


 小さなテーブルに置かれた湯呑みからは、爽やかな香りがした。


「いつもロワメールが世話をかけるな」

 セツは、ヒューイにも湯呑みを手渡す。


「オレ、今、仕事中……」

 寡黙な専属護衛の青年は、驚いて咄嗟に遠慮した。ロワメールと二人で脱走……もとい、散歩する時は、実はヒューイがお金を出して、二人でお茶を飲んだりしている。

 これはヒューイの奢りではなく、オーレリアンがこっそり渡してくれている脱そ……散歩用資金である。


 しかし今回は、ロワメールとセツの散歩に、ヒューイは護衛として同行していたので、まさか自分もお茶に誘われるとは思わなかったようだ。


「ああ、だから、ロワメールの横に座って護衛をしてくれ」

 ロワメールもポンポンと隣の椅子の座面を叩き、お座りよと促す。

 

「美味しいね」

「ああ、懐かしいな。こんな味だった気がする」

 三人で綺麗な緑色のお茶を啜れば、わずかな渋味のあとに甘さが舌の上に残った。


「マスター」

 王子と穏やかに語り合う名付け親を見、ヒューイがぽつりと口を開く。


「オレは、ルゥークーの下級騎士家に生まれた。主家のエリスリナ家は将軍家に命じられ断絶。一族郎党、みんな死んだ。まだ子どもだったオレだけが逃され、生き延びた」


 そう言えば、この口数の少ない褐色の肌の青年がセツに話しかけるのを、ロワメールが見るのは初めてかもしれなかった。

 ロワメールとセツを間近で見て、きっとヒューイなりになにか思うところがあったのだろう。


「王子は、逃げる最中、崖から落ちて記憶喪失になったオレを拾って、助けてくれた。王子は命の恩人。だから」

 訥々と語る青年に、セツは黙って耳を傾ける。


「命を賭けて、王子を守る。安心してほしい」

「ああ。頼む」

 不器用ながらも真っ直ぐなヒューイの言葉に、セツは小さく微笑んだ。



 

❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー32 魔法使いギルド、キヨウ支部 は、10/29(水)22:30頃に投稿を予定しています。

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