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4ー28 兄の憂慮 

 ロワメールが宮を留守にするある晩、セツはヒショー王太子から晩餐の招待を受けた。


 月神大祭が終わっても、ロワメールの忙しい日々は続いている。

 王子宮で大量の書類と格闘し、陽天宮で会議、かと思えばカイやオーレリアンと諸々の打ち合わせをし、第二王子として会食への出席もあり、宮を開けることもめずらしくはなかった。


「よく来てくださいました」

 ヒショーが笑顔で、セツを出迎える。


 新緑宮が明るく開放的であるように、各宮は主の為人を表していた。見目麗しく、華のある王太子の宮は煌びやかだ。


 青地に金で模様を描かれた壁紙も煌々しく、調度も豪華だが、ダークブラウンで統一された家具は重厚であり、華やかでありながらも落ち着いた空間を作り出していた。


「夕食は、セツが外の国の料理に興味があると聞き、外の国のコース料理にしました」

 ヒショーの言葉を合図に、給仕が始まる。


 オードブルはテリーヌだ。緑や赤の野菜とエビが層になった鮮やかな一皿が、白いテーブルクロスの上に置かれる。野菜ひとつひとつが焼くや茹でるなど違う工程で調理されたことにより様々な食感が楽しめ、素材の味を活かした繊細な味に料理人の腕が見て取れる。


 とうもろこしのポタージュは甘く濃厚で、カリッとしたクルトンの食感が楽しい。

 また、スープとともに供された丸いパンは、ちぎれば外がパリパリと音を立て、中はふんわりとして柔らかい。焼き立てのパンは温かく、噛めば小麦の甘さが際立った。


 メインディッシュは、タンシチューだった。豊潤な香りが食欲を刺激する。肉はスプーンをいれるとほろりと崩れ、ワインや香味野菜で煮込んだシチューの味合いは奥深く、絶品だ。

 初めて知る味に、セツが思わず唸った。


 ただ、最後にデザートと運ばれきたコーヒーに、セツの動きが止まる。

 一口啜り、ピシリッと固まった。


 その後はナシのタルトを味わい、なに食わぬ顔でコーヒーを飲み干す。

 しかし、甘く香ばしいタルト生地と瑞々しいナシのハーモニーを楽しむ余裕はセツにはなかった。


「コーヒー、お口に合いませんでしたか?」

「いや、大丈夫だ」


 ヒショーはすぐに、口直しにと紅茶を運ばせる。

「コーヒー、苦いですよね。紅茶かコーヒーか、お聞きすべきでした」

「俺こそ、すまない」


 ヒショーの気遣いにセツはバツが悪そうにしながらも、ダージリンティーのまろやかな口当たりと豊かな香りにようやく一息ついた。


「ふふ、本当にお茶が好きなんですね」

「ん、まあ、な。こーひーの香りはいいが、少し苦いな」

 頬を掻きながら、セツは照れくさそうに笑う。


 夕食は楽しいものだった。

 食事は美味しく、機知に富んだヒショーとの会話は飽きることがない。

 また、ロワメールがいなければ、ヒショーの振る舞いはぐっと落ち着いている。まさに一国の王太子とのひとときだった。


 けれど、今晩の目的が食事を振る舞うことではないと、セツにもわかっていた。


「あの子は……ロワは」 

 食事が終わり、緩やかな語らいの時間、ヒショーが静かにカップを置く。

「私や父のことを、あなたになにか言っていますか?」


 セツが目を上げれば、絶えず笑顔を浮かべていたヒショーの顔から、笑みが消えていた。


 ヒショーは、都合が付けば新緑宮にやってくる。そこでセツとも会っているが、ロワメールが留守の時にわざわざセツ一人を自宮に招き、人払いもし、セツと二人きりになったのは、ロワメールの話をしたかったからだ。

  

「あの子は優しくて賢い。自分の置かれている立場も、私たちの愛情もわかっている」

「………」

「だからこそ、無理をしているんじゃないか、そう思うんです」


 セツは紅茶を楽しむのを止め、カップをソーサーに戻す。

 ヒショーは、ロワメールの前では決して見せない頼りなげな表情をしていた。


「あの子は、私たちを本当に家族と思ってくれているのか。家族と思おうとして、無理をしてるんじゃないかと」

 セツは腕を組み、黙ってヒショーの話に耳を傾ける。


「私たちの愛情はちゃんと伝わっているのか。あの子にとって、私たちはちゃんと父と兄なのか」

『海の眼』が、不安に揺れていた。

 この五年間、ずっと思い悩んでいたのだろう。

 しかし王族の立場では、誰にも相談できなかった。


「もしかしたら、王家に逆らえないだけなのかもしれない。本心では辛いんじゃないか、そう思うと、どうしたらいいか」

『月光銀糸』と『海の眼』があるからこそ、ロワメールは己が運命を拒むこともできない。

 運命から、逃がしてあげることもできない。


「私には、言葉と行動で、あの子に愛情を示すことしかできない。愛しているのだと、全身全霊で伝えることしかできないんです」

 お兄ちゃん、という呼び方にこだわるのも、すぐに抱きつくのも、愛情を表すため。軽い口調も努めて明るく振る舞うのも、十三年間の溝を埋めるためのものだった。


「あいつは、父と兄だと俺に言っていたよ。ヒショーの愛情も国王の愛情も、ロワメールに伝わってる。あいつは、ちゃんとわかっているよ」


 そこにいるのはこの国の王太子ではなく、思い悩む二十代の若者だった。

 年相応の顔に深い苦悩を浮かべているヒショーに、セツは柔らかく言葉を投げかける。


「安心しろ、もしあいつが本当に辛いなら、俺が連れて逃げる」

「……我が国の騎士は、あまり傷付けないでくださいね」

 最強の魔法使いが本気か冗談かわからないものの、ヒショーは思わず王太子として懇願する。


 王子を連れての逃避行、国中の騎士が追うことになるだろう。咄嗟に人的被害を想像してしまう。


「ふむ。じゃあ、外の国に逃げるか。飯も美味いしな」

 最後の一言に、ようやくヒショーの緊張がほぐれる。見れば、アイスブルーの目は小さく笑っていた。


「だから、なにかと言うと抱きつくのは止めたらどうだ? ロワメール、困ってたぞ」

 ヒショーの肩から力が抜けたのを見て、セツは付け足す。


「え!? それはできません! だってロワ、あんなに可愛いんですよ!?」

 抱きつくのは愛情表現だけでなく、ヒショーが抱きつきたいから、らしい。


(ロワメールは、抱きつかれるのは諦めたほうがいいな)

 セツは小さく苦笑した。


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー29 お忍びスタイル は、10/8(水)22:30頃に投稿を予定しています。

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