4ー26 侍従見習いと子ネコの愉快な日常
月は日に日に丸みを帯び、輝きを増していく。
月待月、下旬――。
ラギ王家の始祖、ジン・ラギは月神の末裔と言われ、月神は王家の守護神として大切に祭られてきた。
「で、その月神の祭りが明日だと?」
「うん。ぼく、初めて参加するんだー」
成人した『月光銀糸』のみが参列する神事、それが月神大祭である。
月神に感謝を捧げる神事は、王宮内の月神神殿で行なわれるそうだ。
王家が大事にしている行事のひとつである。
「それで最近、バタバタしてたんだな」
「衣装の打ち合わせとか、予行練習みたいな。ぼくは兄上の後ろ歩くだけだけど」
おやつの時間。近頃少々お疲れ気味なロワメールに、料理長のジャン=ジャックは甘い物を欠かさない。今も幸せそうに、ナシのコンポートを頬張っていた。
月待月になり朝晩は幾分涼しさを感じられるが、昼日中はまだ暑い。冷たい甘味は美味しかった。
夕食もきっと、ロワメールの好きな肉料理だろう。
「神事は見学できませんが、束帯姿のロワ様は、セツ様もご覧いただけますよ」
カイに誘われ、セツが梨を飲み込んだ。
執務室のソファには、ロワメールとセツの他に、カイ以下側近が揃って休憩をしている。
オーレリアンは主たちの話に静かに耳を傾け、ヒューイは我関せずにナシにかぶりつき、リアムは興味津々な顔を向けていた。
「束帯? ずいぶん昔の衣装を着るんだな」
束帯は、昔の男性貴族の正装である。現在、普段に着ている者はいなかった。
セツがいったんフォークを置き、お茶の入ったグラスに手を伸ばす。今日は暑いので、アッサムのアイスティーだ。王宮ゆえ、魔法使いが作った高価な氷もふんだんに使われる。
「由緒正しい神事です。伝統に則って執り行われます」
「なるほどな」
「どうです? 見に来られませんか?」
ロワメールは可愛くとも、セツは衣服に興味はない。なにを着ようと、ロワメールはロワメールであった。
「実は陛下が、是非セツ様にもロワ様の束帯姿を見てほしいと仰っているんです。『なんと凛々しい姿か! この姿を皆に披露できぬのは、真に、真に惜しい!』と仰って」
なんとも親バカである。
要は着飾った息子を見せびらかしたいだけだった。
「まあ、ヒショー様が成人なさって、初めて月神大祭に参加された時も同じこと仰ってましたけどね」
言いそうである。
「いかがですか、セツ様?」
「いかがと言われてもなぁ」
ロワメールに見に来てほしいと言われたわけではないので、セツの腰は重かった。
「成人して初めて着る束帯です。成長の証としてご覧なられてはいかがでしょう?」
セツの反応が芳しくなく、困ったように眉を下げるカイに、オーレリアンが助け舟を出す。
それが響いたのか、セツはふむ、と頷いた。
「見に行くくらいは構わんが」
「そうですか! 陛下もお喜びになられます!」
カイが胸を撫で下ろす。どうやら厳命されていたらしい。
ロワメールが肩を竦める。
(束帯着た肖像画も描いてるんだから、見せびらかす必要性がわからないなー)
完成後、どうせその絵は月天宮に飾られ、大臣やらどこかの貴族やらにお披露目するのだ。
しかもテンションの上がった国王は、兄弟二人の肖像画も欲しいと言い出して、急遽もう一枚増えたのである。違うポーズでさらにもう一枚、と言い出したのは宰相により阻止された。
ここのところロワメールがお疲れなのは、この肖像画のためである。宮廷画家の前で長時間同じポーズを取るのは、ロワメールには苦痛でしかなかった。
月神の末裔とされる王族の肖像画を人目に晒すことは不敬とされているが、家族の絵として陽天宮以外の各自の宮には飾られている。
特に月天宮にはシャルル王妃と、ヒショー、ロワメールの肖像画が数多く飾られており、それらは年々増えている。
このままではそう遠くない未来、月天宮の壁は肖像画で埋まりそうだった。
翌日、セツはカイに案内され、王宮敷地内に建立されている月神神殿に出向くことになった。ロワメールはオーレリアンと先に出ている。ミエルは新緑宮でリアムとお留守番となった。
リアムのネコ嫌いが治り、ミエルと仲良くなった……と言うことはなく、未だ両者の間は緊張状態が続いている。厳密に言うと、緊張しているのはリアムだけだった。
ロワメールがオーレリアンに聞いたところによると、リアムが子どもの頃、野良ネコを抱こうとして引っ掻かれたのが原因らしい。
ミエルは子ネコらしくイタズラっ子で、物陰に隠れて近くを通った人間の足にちょんと触って驚かしたりするのだが、これにリアムは「ふぎゃー!」と悲鳴をあげて飛び退った。もちろん爪なんて出ておらず、肉球のソフトタッチだが、リアムは大騒ぎだ。
他にもソファに座って、リアムがうっかり手を置いた先にミエルが眠っており、もふっとした手触りに「ふにゃー!」と叫んで飛び上がる、などなどを繰り返す。
そのうち、リアムが通りかかると、ミエルは高いところからいきなり飛び降りてリアムを驚かせたり、リアムのあとをわざとトコトコ追いかけたり。
かと思えば、ミエルはロワメールの膝を占領して、撫でられながら自慢げにしっぽを振って愛されアピールをする。
ぼくのほうが愛されてるもんね、と自慢している、というのがリアムの主張だった。
子ネコが勝ち誇っているのはネコ嫌いにも伝わるのか、
「今に見ていろ! 絶対、抱っこしてみせるからな!」
とリアムは息巻いている。
傍から見ていると、とても面白い事態になっていた。
「ペットは飼い主に似ると言いますが、ああいうイタズラ好きなところはロワ様に似ていますね」
「お互い刺激しあって、成長できるといいですね」
カイがやれやれと溜め息をつき、オーレリアンは温かく見守る。
ミエルにとってリアムはちょうどいい遊び相手であり、リアムにとっても賢く小さなミエルは、ネコ嫌いを克服するのにちょうどいい相手……のはずである。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー27 月神大祭 は、9/24(水)22:30頃に投稿を予定しています。




