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4ー25 北辰伯

 ある日、ロワメールは陽天宮から上機嫌で自宮に帰ってきた。


「セツー、はい、これ! プレゼント!」

 執務室で本を読んでいたセツに、笑顔で小箱を渡す。見た目の割に重い、キリの箱だった。


 王家の紋が刻印されている蓋を開けると、見覚えのある物体が収められている。

 星のような飾りにリボンがついていたそれは、勲章授与式で目にしたものと酷似していた。


「なんだ、これは?」

 顔を引きつらせ、恐る恐る確認を取る。


「北辰勲章。ぼくが名前とかデザインとか考えたんだ。ほら、真ん中の石は、セツの瞳の色に近いでしょ? リボンの白と水色は、セツの髪色と瞳の色から決めたんだよ」

 ロワメールは勲章の出来に満足げである。


「決して揺るがないセツは、魔法使いが仰ぎ見る極星だもん。ぴったりな名前でしょ? でも、魔法伯と悩んだんだよねー」

 北辰は、北の夜空に輝く一つ星だ。


「……返す」

 セツは辛うじて声を絞り出した。


「返品不可でーす」

 ニコニコと、可愛い笑顔のロワメールにセツは固まった。


「セツ様、なんの疑いもなく受け取るから」

 カイは、受け取ったんだからしょうがないと言わんばかりだが、セツがロワメールを疑うわけもない。


「ちなみに北辰勲章には、北辰伯の地位と称号もセットになってるからね」

 ロワメールは笑顔のまま、セツのショックはお構いなしに話を進める。


「ちょっと待て。北辰伯ってなんだ?」

 セツは話についていけず、額を押さえた。


「北辰伯は、マスターに贈られる新しい爵位だよ」

「勲章授与式で大人しく太白大綬章をもらっておけば、男爵位ですんだんですけどねぇ」

 カイが傷口に塩を塗り込んだ。


 セツは今や伯爵である。

 もう、なにがなんだかわからない。


「ちゃんと説明するね」

 ロワメールがソファに座ると、留守番していたミエルが大急ぎで駆けてきて、王さまの膝に陣取った。


「セツだけじゃなく、次代のマスター以降にも、この爵位を受け継いでもらう。伯爵位相当だと思ってもらえばいいよ」

 ちなみに家名になるわけじゃないからね、と付け加える。

 次代以降、侯爵家以上のマスターが出ればどうするのか、という配慮である。

 


「ちょっと待て! お前、俺には爵位なんてなくてもいいって言わなかったか?」

「言ったよ。セツが望まないなら爵位なんていらないと思ってる。セツ個人にはね」

 平然と言い返す。


「これはセツにじゃなくて、マスターに贈られる爵位って言ったでしょ?」

 言葉遊びのような物言いに、セツはムッと口を曲げた。


「考えてみて、セツ。もし、魔主が人を襲ったらどうなる? ギルドが動いて、マスターが撃退する? 一民間組織の一個人が、国家の命運を背負うの? この皇八島全国民の命に責任を持つの? この国の危機管理対策はどうなってるんだって話だよ」

 ロワメールは真摯に語る。


「国家体制の未熟な大昔なら、それでよかったかもしれない。でも、この法整備の進んだ現代で、その責任の所在はあまりに異常だよ。その責任を、セツはセツだけじゃなく、これから先のマスターも一人で背負うべきだと思うの?」

 セツはぐっと言葉に詰まった。


 自分はいい。

 だが、セツの後に続くマスターは。


「しかし、爵位があったからといって、マスターの役目はかわらない」

「うん。それは、ぼくにもかえてあげられない。でも、責任を負うのはマスターではなく、王家であるべきだ。そのための王家だよ」

 その身に負う覚悟なら、セツだけでなく、ロワメールも持っている。

 北辰勲章は、責任を王家のものにするための道具にすぎなかった。


「ちなみにセツは、北辰伯だけじゃなくて、国王の相談役にも任命されてるから」

「なんだ、それは?」

「父上が授与式の後、急に言いだしたんだよね。三百年を生きる賢者は、国王の相談役に相応しいって。セツ、なにしたの?」

 ロワメールは首を捻っているが、セツは酔っ払いの相手をしただけである。


「ここにきて、呼称増えましたねぇ。守護者に相談役に、北辰伯」

 ロワメールの背後に控えたカイが、指折り数えた。

 なにひとつ、セツは望んでいないものだ。


「お前、最初からこれを受け取らせるつもりで、勲章授与式も晩餐会も好きにしていいって言ったのか?」

「んー、厳密には、ちょっと違う」

 首を傾げて考えたロワメールに、ちょっとしか違わないのか、とショックがセツに追い討ちを受ける。


「太白大綬章はセツが受けるなら、それでもよかったんだよ。晩餐会の方は、王家にもセツにもなんのメリットもないから」

 ロワメールはあっさり言い切った。


「ねえ、セツ。かえられないものもある。かえちゃいけないものもある。でも、かえなきゃいけないものもあるよね? 大昔のままじゃダメなんだよ。時代はかわってる。ギルドもマスターも、かわらなきゃいけない。もしもの時、より多くの命を救うために」


 ロワメールの背後には、カイだけでなくオーレリアンとリアムも控えていた。

 皇八島の第二王子と話しているのだと、否が応でもセツは理解する。


「炎司と水司は、ロワ様のお考えに概ね同意してくれています」

 いつの間に司とそんな話をしていたのか、カイが言い添えた。


「お前、ゆくゆくはギルドを解体するつもりか?」

 セツも甘い名付け親ではなく、マスターのとして険しい表情を浮かべる。


「それは現実的でないから、今は考えてないよ。ゴリ押しすれば反感を買うし、下手をすれば魔法使いに反乱されかねない」

 ロワメールは肩を竦めた。


「ぼく個人の願望なら、ギルドは国の一組織として、マスターの氷室も王宮の敷地内に移したいくらいだけど、それは欲張り過ぎだからねー」


 あははーと笑うが、ロワメールはここまで、要望ではなく決定事項として話していた。爵位も責任の所在も、覆すつもりはないということだ。


 もしここでセツが拒否を貫けば、ロワメールはあの手この手を弄するだろう。なによりセツは、これ以上ロワメールに負担をかけたくなかった。


「……しばらく時間をくれ」

 北辰伯を拒否できなかったとしても、受け入れるための時間が欲しかった。




❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー26 侍従見習いと子ネコの愉快な日常 は、9/17(水)22:30頃に投稿を予定しています。

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