4ー23 未来への一歩
新緑宮では忙しい毎日が続いていた。
日々の政務と溜まった仕事を片付けながら、新たな案件を複数抱え、目が回る忙しさである。
「ロワさま、そろそろ人員を増やしてはいかがでしょうか?」
オーレリアンが、率直に年若い主に進言した。侍従長の言う通り、純粋に人員不足だ。
宮の環境を整えるのは、ロワメールの役目である。
「もう少ししたら、ジュールが加わるけど……」
立場的には護衛の魔法使いだが、ジュール個人はロワメールに忠誠を誓っている。側近としても働いてもらうつもりだった。魔法学校首席卒業のジュールなら、即戦力として役立ってくれるはずだ。
そのジュールは現在、ロワメールの側仕えとなるためにギルドを説得している。
しかし今の状況は、ジュール一人増えたからといって解決するものではなかった。
「……そろそろ来てもらおうか」
「ウルソン伯ですか?」
ぽつりと零したロワメールの独白を、書類を整理していたカイが拾う。
コウサ領主アルマン・キャトル・ウルソン伯爵は、殺人事件の関与を疑われたのを、セツとロワメールによって無実を証明された人物である。
彼はロワメールに忠誠を誓ったが、亡父から引き継いだ領地の運営が安定するまで、領主の仕事を優先してもらっていた。
あの事件解決から二ヶ月半、そろそろキヨウに呼び寄せてもいいだろう。
「ウルソン伯爵は、プラト侯爵の甥ですよね? 大丈夫なんですか?」
リアムだけは、当初からウルソン伯爵を第二王子陣営に迎えるのに難色を示している。
ウルソン伯爵の叔父であるプラト侯爵は反ロワメール派の筆頭である。甥の一件以降鳴りを潜めているが、この王子宮の人間にとっては敵対勢力であった。
「ウルソン伯のあの様子なら、ロワ様のためなら、実の叔父すら裏切ってくれますよ」
ウルソン伯爵のロワメールへの感情は、忠誠心というより崇拝に近い。自分を信じ、労い、救ってくれた王子を信仰するように忠誠を捧げていた。
悪い顔のカイに、ロワメールが溜め息を吐く。
「別に身内を裏切らなくてもいいし、裏切らせる気もないよ。探られて痛い腹もないし」
カイの入手した情報では、父亡き後、叔父の言いなりだったウルソン伯爵は、近頃叔父と袂を分かったという。
「ぼくが原因でプラト侯爵と仲違いしたなら、今度はぼくが後ろ盾になるべきだしね」
「ロワ様から招聘されたとなったら、例え皇八島の果てだろうと、ウルソン伯は飛んでくるでしょうね」
カイは断言した。
そのくらい、アルマンはロワメールに心酔している。
王子であるロワメールがわざわざコウサまで出向いたのは、裏切り者の魔法使いを法の下で裁くためだけでなく、アルマン・キャトル・ウルソンをこちらの陣営に引き入れるためでもあった。
反第二王子派に手痛い一撃を与えると共に、あんな有能な人物を地方に埋もれせておくのはもったいないと思ったからだ。
「アルマンに手紙を書くよ」
ジュールとウルソン伯爵が加われば、王子宮も一息つけるはずだった。
❖ ❖ ❖
レオール伯爵家別邸は、ユフ島、魔法使いギルド本部のあるシノンの街にある。
本邸とは違って広大な敷地ではないが、シノンの街なかに建つ好立地だった。
屋敷をぐるりと庭が囲み、四季折々の花が咲く。
「このお屋敷の庭は、いつ来ても綺麗だね〜」
窓から庭を見回し、ディアが感嘆の溜め息を漏らした。
コスモスやキキョウ、リンドウなど、庭を彩る色とりどりの秋の花が応接室からはよく見える。
「うちに来るの、久しぶりだっけ?」
「そうだね〜。一年以上来てないんじゃない?」
前回は魔法学校在学時だ。レオはちょくちょく来ているが、ディアとリーズは去年の夏以来だった。
「で、なによ、話って。わざわざ改まって屋敷にまで呼んで」
リーズがどこか警戒を匂わせ、不機嫌に眦をつり上げる。足を組んでソファに腰かけ、ジュールを軽く睨みつけた。
まだギルドの許可を得ていないので、人目をはばかり別邸に来てもらったのだが、リーズは勘がいい。
「ぼく、このパーティーを抜ける。ロワメール殿下にお仕えすることにしたんだ」
ジュールはテーブルに置かれたお茶には手をつけず、彼らを呼んだ理由を端的に告げた。
「は? 急になに言い出すのよ」
リーズが眉を逆立て、怒りを顕にする。
なんの前触れもなくパーティーからの離脱を告げられ、怒るのは当然だった。
「うん。ごめん。ぼく、ロワメール殿下に忠誠を誓ったんだ。殿下の魔法使いになる」
だからせめて、ジュールは真摯に仲間に向き合うつもりだった。
ディアは窓辺に立ち、リーズは対面のソファに腰かけ、ジュールの隣に座ったレオが、三人を代表して質問する。
「殿下の魔法使いってなに?」
「一生お仕えして、お守りするって契約をしたんだ」
「は? なにそれ? お仕えってなによ!?」
我慢できず、リーズが声を荒げる。
「ぼくは殿下の側近になったんだよ」
「ワタシたちは魔法使いよ! 意味わかんない!」
リーズは顔を歪め、容赦なく苛立ちをぶつけた。
いかなる権力にも与せず
この掟があるのに、王子の側近になんてなれるわけがない。
リーズの考えていることが、ジュールには手に取るようにわかった。それが普通の反応でもある。
「死ぬまで王子の護衛だけするってことか?」
「まあ、そうだね」
レオの認識は大雑把だが、それで合っていた。
そもそも戦闘職の魔法使いの主な仕事は護衛である。いくら治安が良くとも、都市部を離れれば野盗や山賊が出る。街道を旅をする隊商や貴族などを守るのが役目だった。
王子の専属護衛は、戦闘職の魔法使いとして最高の役職といえる。
「それ、おかしくない?」
けれどそこで、待ったをかけたのはディアだった。
「王族の外遊には近衛騎士や、その都度魔法使いが護衛につく。今までそうしてきたのに、なんで急に専属の魔法使いをつけるの?」
ターコイズブルーの瞳が、真っ直ぐにジュールを見つめていた。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー24 仲間との別れ は、9/3(水)22:30頃に投稿を予定しています。




