4ー19 喜ぶマスターと胃痛の隊長
「ところでロワ、ずっと気になってたんだけど、後ろの魔法使いは誰?」
ノアとノエが、セツに視線を向ける。
「紹介するね。ぼくの命の恩人で名付け親、最強の魔法使い、マスター・セツだよ」
セツは、ロワメールと行動を共にする機会が多い。国王一家を守る近衛騎士には、認識しておいてもらう必要があった。
「またまた〜」
「嘘ばっか! 騙されないって」
ところが、双子はじめ近衛騎士たちは信じてくれない。
「若い若いって聞いてたけど、ロワの名付け親がそんな若いはずないじゃん!」
かねてから話を聞いていた近衛騎士たちだが、普通に考えれば名付け親は四十歳前後、もしくはそれ以上のはずである。
二十代半ばほどに見えるセツは、どう見ても若すぎた。
ロワメールから若いとは聞いていたが、話を盛っていて、せいぜい三十代くらいの見た目だと思っていたのだ。
「だから、若いって言ったでしょ。これで信じてくれた?」
「マジかよ!?」
「ホントに若いじゃん!」
若い若いと言われ、セツが上機嫌になる。顔には出さないが、非常に嬉しそうだ。
そしてここにきて、嬉しそうなのはセツだけではなかった。
喜びを押さえきれずに、双子が唇を舐める。
「ふうん? 本物なんだ」
「最強の魔法使い?」
「待て! お前たち!」
双子の不穏な空気をいち早く察し、アラン隊長が止めに入るが、遅かった。
「それってさ、どのくらい強いわけ?」
剣を抜き、構える。
双子はすでに、臨戦態勢に入っていた。
「やめろ!」
「え〜、なんでよ?」
「隊長だって気になるでしょ? 最強なんて聞いたら」
「そーそー、皇八島の最強騎士、胃は最弱のアラン・キャトル・リオンとしてはさ」
「隊長の代わりに、オレらが確かめてやるよ」
そこで双子はニッと笑った。
「手合わせしようぜ」
「ノア! ノエ! いい加減にしろ!」
叱る隊長にも、双子は平然と、反省する素振りすら見せない。
「最強の魔法使いだろうと、敬意なんて払う気ないなら」
「そ。オレらは『月光銀糸』以外には、頭を下げねーよ」
頭を下げないどころか、むしろふんぞり返って堂々と言い放つ。
「だいたい、王族以外に命令されたり偉そーにされたりするのがイヤだから、近衛騎士になったっつーの」
肩を竦めて、いっさい悪びれなかった。
双子が奔放なのはいつものことだが、その度にアラン隊長は胃痛を覚える。
近衛隊きっての、いや王宮きっての問題児は、生粋のトラブルメーカーだ。直系王族以外には誰に対してもこの調子なので、お偉方にはすこぶる評判が悪い。
この二人が入隊してからというもの、アラン隊長は平穏な日々と別れを告げ、胃痛との過酷な戦いが始まった。
しかもたちの悪いことに、厳しい入隊試験をクリアした実力は本物で、近衛騎士隊ではアランに次ぐ強さを持つ。その上公爵家出身とか、もはや悪夢でしかない。好き放題し放題の怖いものなしである。せめてもの救いは、アラン以外の近衛騎士との関係は良好なことであろう。
「申し訳ない、守護者。私の指導不足で、うちの者が無礼を」
最強騎士は、直立不動で頭を下げる。
勲章授与式の日、天日の間にはセツとロワメール、国王と宰相しかいなかったはずなのに、何故か宮廷中にあの時の話は広まっていた。
ヒショー、ロワメール両王子の恩人であり、三百年の長きに渡り魔主からこの国を守り続けてきた守護者。
セツの社会的地位は急騰していた。
「手合わせは構わん。それより守護者って呼ぶな」
片手で胃を押さえるアランに、セツは渋面を見せた。
そんな仰々しい呼び名は、ご免こうむりたいのだろう。
「マスターか、名前で呼んであげて」
いつもの神経性胃炎を発動させている隊長に、ロワメールが助け舟を出す。
双子が手合わせを言い出すことは予想の範囲内、というよりそれこそが目的と言っても過言ではないので、率先して双子の後押しをした。
「セツ、お願いしていい? この二人は強いから、遠慮しなくていいよ」
双子は近衛隊の中で、最強騎士と誉れ高いアラン隊長に次ぐ腕前だ。そんな双子とセツを、戦わせる意味は大きい。
人の口に戸は立たない以上、この手合わせの様子も、結果を合わせて宮廷中に知れ渡る。
最強の魔法使いと言っても、宮廷の中にはその意味を理解していない者も多い。そんな者たちに、最強の意味を知らしめるのがロワメールの狙いだった。
当て馬になる二人には申し訳ないが、後でロワメールも謝るつもりである。
しかし、楽しいこと好き、強い者好きな双子は、この手合わせの内容に満足して、笑って許してくれるはずだった。
「二人まとめてていいぞ」
ジャンケンでどちらが先に相手をするかを決めていた双子に、セツが声を掛ける。
これは、彼らのプライドを大きく逆撫でした。
「へえ、強気じゃん」
「オレらの実力知らないの?」
専属護衛のヒューイはロワメールより強く、双子はロワメールより弱い、とセツは聞いている。
しかしロワメールの剣技は抜きん出ているので、近衛騎士でニ番目の強さだという双子は、一般的にはだいぶん腕が立つはずだった。
けれど、どれほど強かろうがセツには関係ない。
「誰がどれだけ来ようと一緒だ」
彼らの実力を意に介さないセツに、双子はますます面白がった。ここまで彼らを軽くあしらう者は、アラン隊長以外にはいない。
「目にもの見せてやんよ」
「オレらを甘く見たこと、後悔しろよ?」
本気になったノアとノエに、カミーユがオロオロとロワメールを窺った。
双子の強さは、カミーユも骨身に染みている。
「殿下、名付け親様は大丈夫でしょうか?」
ああなったら、双子は誰にも止められなかった。それに双子が手を組めば、その強さは最強騎士アランに迫る。
ロワメールの名付け親が怪我をしたら。
「ぼくが最強って言った意味が、見てればわかるよ、すぐにね」
カミーユの心配を、王子様は笑い飛ばした。
❖ お知らせ ❖
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4ー20 近衛騎士隊の禁句 は、8/13(水)22:30頃に投稿を予定しています。




