4 ー18 シャルル王妃の思い出
「そ、シャルル王妃。ロワの母上」
「あれ? この話、したことなかったっけ?」
ノア、ノエにとり、ロワメールの母シャルル・シルヴィは伯母にあたる。双子の父がキスイ国王の弟だった。
「オレらが小さい時、桜花宮の壁に落書きしたことがあったんだけどさ」
「その絵を見て、シャルル王妃は大笑い」
話を聞いているアラン隊長以下近衛騎士たちが青ざめていく。
王妃の宮である桜花宮はもちろん、王宮の一部だ。その壁に落書きなど、投獄ものである。
「上手に描けてるって褒めてくれてさ」
「それだけじゃないぞ。気に入ったから、消さずにおいておくってな」
ちなみにその落書きは、今はない。双子の父が王妃に「どうか消さしてください」と懇願したのだ。
王弟であるマルス公爵が頭を下げたと聞いて、アラン隊長は胃にしたたかなダメージを受けた。精神衛生上、知りたくなかったエピソードであるが、双子と王妃の逸話はそれだけではない。
有名なのは、マルス公爵邸に招待されたシャルル王妃に双子が仕掛けたイタズラだった。双子はあろうことか、王妃の座る椅子に音の鳴るクッションを敷いたのである。座るとブーとなる、アレだ。
王妃が着席した途端、響き渡る大音響に周囲は凍りついた。が、王妃は怒るどころか大爆笑。それどころかそのクッションをいたく気に入り、譲り受けたほどだ。ちなみに持ち帰ったクッションの被害者は、もっぱら国王陛下である。
「その話な、それだけじゃないんだよ」
「続きがあるんだ」
神妙に双子が語るには、後日いいものを貰ったお礼にと、二人は桜花宮に招かれたという。
「そこでな、王妃手作りのおはぎをご馳走になったんだけどさ。これが、激辛!」
「激辛? 砂糖と塩を間違えたの?」
ロワメールがありそうな間違いを口にした。
「そんな可愛らしいミスじゃねーよ!」
「お前は王妃の恐ろしさを知らないから」
双子は至って真剣に訴える。とても一国の王妃の話をしているとは思えなかった。
「あんこにな、唐辛子が練り込まれていたんだ」
「しかもだ。辛さに泣く幼いオレたちに、王妃は澄ました顔で緑茶を差し出したんだが、これがまた」
「わさびを溶かした特製でな」
当時を思い出し、双子は項垂れる。この双子にこんなダメージを与えられるのは、シャルルを置いて他にはいなかった。
「この間の仕返しだって、それはもう勝ち誇った顔でな」
「辛さに悶絶するオレらに、高笑いしてくださったわけよ」
しかも、食べ物で遊んじゃダメなんだぞ! と苦し紛れに反撃すれば、涼しい顔で唐辛子入りおはぎと特製わさび緑茶を完食したという。
「なんかごめんね」
ロワメールとしては謝るしかない。母は誰よりも美しかったが、どうにも型にはまった女性ではなかったようだ。
「違う違う!」
「オレら、シャルル王妃大好き」
「オレらも小さかったから、あんま覚えてないけど、それだけは確か」
「オレらのイタズラに、あんな大口開けて笑ってくれる人、他にいねーし」
「あんな男前の人、他にいねーから」
母を男前と褒められ、ロワメールは苦笑するしかなかったが、双子の感想が取り立てて独特なわけではない。誰に聞いても、母に貴婦人らしい思い出話はなかった。
ロワメールが聞いた中でも強烈だったのは、誘拐犯を打ちのめした話だろうか。まだキスイと婚約前、盲信的にシャルルを崇拝する男に誘拐されたのだ。
キスイが駆けつけた時には、ケロッとした顔で自らを縛る縄を解くシャルルの足元に、意識を失った誘拐犯が転がっていたという。
皇八島史どころか世界中探しても、頭突きで誘拐犯を倒した王妃はいないかもしれない。
数え上げればきりがないほど、武勇伝には事欠かない母であった。
(そう言えば、父上が母上と初めて会ったのも、近衛の訓練の打ち合いって言ってたな)
男装して近衛騎士の訓練に混じっていたシャルルが、キスイを打ち負かしたのが国王夫妻の出会いである。
(母上も、近衛隊の訓練に混じってたんだよね……)
何故貴族令嬢が近衛騎士隊と一緒に訓練していたかは謎だが、王子であるロワメールも似たようなものだった。
(血は争えないってやつ……ん?)
ふと見れば、大きな緑色の目が胸元からロワメールをじっと見上げている。
「にゃあ」
抱っこに飽きた子ネコが、遊びたいと訴えた。ミエルを地面に降ろしてやると、そこでソバカスの青年と目が合う。
「カミーユ!」
カミーユは、ギルド祭四属性対抗試合の選手、ジュヌヴィエーヴ・シス・ローズの弟だ。
「ジュヌヴィエーヴ嬢の試合見たよ! 凄かった!」
開口一番、最年少の近衛騎士に報告する。年が近いこともあり、ロワメールにとっては気安い相手だった。
「で、殿下、ギルド祭では姉にお声がけいただき、あ、ありがとうございました」
ロワメールとしては純粋に褒めたつもりだったが、気の弱い青年は挙動不審に陥る。
「あの、その、姉はなにか、失礼をしませんでしたか?」
「あー……」
ロワメールは、ギルド祭でのジュヌヴィエーヴの様子を思い出す。カミーユがなにを言わんとしているのかは、だいたい察しがついた。失礼はなかったが、なんと答えたものか。
「君の姉君………………………愉快な人だね」
結構長い間が空いてしまった。
ロワメールとしては濁したつもりだったが、カミーユにはバッチリ伝わってしまったようだ。
「ああああっ! すみません! すみませんっ! 姉は悪い人ではないんです。魔法使いとしても立派だと思うんですが、たぶん私たちと住んでる世界が違うんですぅぅぅ」
涙目で弁明した。これまでの苦労がしのばれる。
「ジュヌヴィエーヴ嬢な、確かに面白いよな」
「うん。美人で強強魔法使いで、個性的。最高じゃね?」
双子のみならず、隊のみんなが訳知り顔で頷く。
「ノア先輩もノエ先輩も皆さんも! 他人事だと思って〜!」
「だって、他人事だもん」
「なー」
無情な真実に、カミーユは泣き崩れる。
ミエルは草の中をウロチョロしていた。風や草の匂いを嗅いで楽しそうだ。
近衛騎士隊は、今日も至って平和である。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー19 喜ぶマスターと胃痛の隊長 は、8/6(水)22:30頃に投稿を予定しています。




