4ー17 マルスの『災厄』
「マルスの『災厄』?」
不穏な呼び名に、セツが首を傾げる。
他の者は苦笑しているだけで、誰も双子を警戒していない。そもそも、双子は王族を守る近衛騎士だ。ロワメールに害があるとも思い難い。
セツは、リアムに説明を求めているようだった。
(これはチャンスだ)
リアムの返答次第で、セツの態度がかわるはずである。
ここで双子の有害性について説明できれば、名付け親をこちらの味方にできるはずだった。
計算高く知恵を巡らせ、セツ引き入れ作戦を開始する。
「ノア・ドゥ・マルス。ノエ・ドゥ・マルス。マルス公爵家の次男と三男の双子で、ロワメール殿下の従兄弟にあたりますが、不良ですよ、不良!」
名付け親がロワメールを可愛がっていることは、リアムでもわかった。
大切な王子に不良を近づけたくないはずだ。
「不良……?」
しかしセツはピンときていない。
リアムはここぞとばかりに、名付け親に双子の悪行を暴露した。
「殿下を悪の道に誘う不良!」
「悪の道って」
双子がゲラゲラ笑う。
「ちょっと王宮抜け出して、城下へ散歩に行くだけじゃん」
「近衛のオレらがいるのに、なんの問題あんのよ」
「問題しかないだろ!」
大問題だ、とリアムはプンスカ怒った。
いかにも品行方正そうなリアムにとって、双子は天敵である。と言っても、どうもリアムが一方的に不倶戴天の敵と見做しているようだった。
「お前、主のこと、なんもわかってないのな」
「こいつのことだから、オレらが連れ出さなかったら、一人で王宮抜け出してるぞ」
ロワメールがハハハと乾いた笑い声を上げるのは、図星だからか。決してセツと目を合わせようとはしなかった。
ロワメールにとっては、どさくさに紛れていらぬことを暴露されたも同然である。
しかし見習い侍従に、主の心を慮る余裕はなかった。
自分たちの方がロワメールを良く知っていると、自慢されたのである。
「ちょっと! 汚い手で殿下に触らないでって言ってるだろ!」
一矢報いようとするが、しょうもないいちゃもんしか口から出なくて、双子に鼻で笑われた。
「はーん?」
「なになに? オレらがロワと仲良いから羨ましいわけ?」
ニヤリと笑って、双子はペタペタとロワメールの体に触りまくる。
キーッと爆発寸前のリアムを、ヒューイが後ろから押さえつけた。
「王子に害はないから」
「離してヒュー君! あんな汗まみれの手で触ったら、着物が汚れる!」
「着替えればいい」
双子にいいように遊ばれているが、リアムは至って真剣だ。もはやセツ引き入れ作戦どころではない。
「こーの、ロワ大好きっ子が!」
双子のみならず、集まってきた騎士たちにも笑われる。
「私は着物の心配してるんだよ!」
「はいはい」
傍から見てもロワメールが大好きなのが丸わかりなのに、本人だけが頑なにその事実を認めない。厄介なお年頃である。
「二人共、そんなにリアムをいじめるな。心臓に毛の生えたお前たちと違って、繊細な子なんだから」
見兼ねたアラン隊長が止めに入り、セツに向き直った。
「うちの『災厄』がお騒がせし、申し訳ありません」
「ああ、いや、べつにかまわんが……」
一連の出来事を少々面食らいながら見ていたセツが、アラン隊長に謝られる。
「ちょっとちょっとー。隊長、うちのってなに?」
「なに、オレら近衛騎士隊公認の『災厄』なわけ?」
ニヤニヤ笑いながら、全くへこたれていない。
「お前らの尻拭いを、おれがどれだけさせられてると思ってるんだ!?」
「えー、なんのことー?」
「忘れたー」
アラン隊長の怒りも、双子は涼しい顔だ。
「ついこの間も、ファレーズ侯爵のカツラを盛大に吹き飛ばしたろうが!」
「あー! あれ!」
「あれはオレら、グッジョブっしょ?」
「みんなカツラ侯爵の嫌味な自慢話に辟易してたじゃん」
「みんなの精神衛生と貴重な時間を守ったんじゃん」
「だからといって、わざわざ公衆の面前で恥をかかせるな! あとカツラ侯爵って呼ぶな!」
「じゃ、ツルっと侯爵?」
「ピカっと侯爵じゃね?」
「隊長、ダメだよー、人の身体的特徴、笑いものにしちゃ」
アラン隊長がなにを言おうがもれなく倍になって返ってくる。しかも隊長が叱っていたはずが、いつの間にか立場が逆転している。
わなわなとアラン隊長の拳が震えた。
とここで、リアムが押されているアラン隊長に加勢する。
「先月だって、エレファン伯爵邸の絵画にイタズラしたろ!」
「だって、あれ贋作だったじゃん」
「オレらのおかげで偽物ってわかって、よかったよね」
「あんなの後生大事に飾ってたら、伯爵家の恥だよ、恥」
「オレらは感謝されこそすれ、文句言われる筋合いはないなー」
二対ニのはずだが、リアムとアラン隊長は手も足も出ない。というか、この双子を言い負かせる人間はほとんどいなかった。
「それにオレら、皇展の入賞者だよ? 忘れたの?」
「そ。オレらの絵の方が、贋作よりよっぽど価値あるし」
皇展とは、皇八島美術展覧会の略称である。双子の描いた油絵が、その名誉ある展覧会で入賞したのだ。入賞者は、皇八島の美術界の権威に芸術家として認められたことになり、その作品にはもちろん高値がつく。
腹立たしいことに、双子の絵は評価も高く、画壇にとって期待の新星ともてはやされていた。
リアムは歯噛みして悔しがる。
王族に連なる公爵家に生まれ、恵まれた容姿、近衛騎士になるほどの優れた剣の技量、のみならず美術展で受賞するほどの芸術的才能まで併せ持つなど、どう考えても天の采配ミスだった。
「て、言うかさ、オレらの落書きぐらいで目くじら立ててどうするよ? 王妃様は、桜花宮の壁の落書き見て大笑いしてたぜ」
「そそ。王妃様を見習ってほしいね」
「……母上?」
双子から不意にでてきたその人の話に、リアムだけでなくロワメールも目をしばたいた。
❖ お知らせ ❖
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4 ー18 シャルル王妃の思い出 は、7/30(水)22:30頃に投稿を予定しています。




