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4ー14 キスイ・アン・ラギ

 晩餐会への出席は断ったセツだが、国王の宮である月天宮への招きには応じた。


「いいの?」

「お前の家族なら、断る理由はない」

 マスターとして特定の権力者と懇意にはできない。だが、国王と王太子ではなく、ロワメールの家族からの招待なら話は別だった。


「父上も兄上も忙しいけど、みんな王宮にいる時は、一緒にごはんを食べるんだ」

 ロワメールは、少し照れくさそうに笑う。

 ロワメールにとってはセツだけでなく、キスイもヒショーも大切な家族だっだ。






「ヒショーにとっても恩人だったとは、父として重ねて礼を申し上げる」

「いや、俺は迷子を届けただけだから」

 国王が再びセツに頭を下げたりはしたものの、月天宮での国王一家との夕食は楽しいものだった。


 セツがロワメールの子ども時代を話したり、食事の席は終始和やかに進んだ。


「マスター、今宵は余の宮でゆるりと過ごされよ」

 夕食を終え、王子兄弟は各々の宮へ帰っていく。


 場所を晩餐室から国王の居室に移し、キスイはセツに酒を勧めた。


 王の宮として体裁を整えた応接室や晩餐室とは違い、国王の自室にはヒショーやロワメール、王妃の肖像画がところ狭しと飾られている。

 あれはヒショーが何歳の時、それはロワメールが何歳の時と、子煩悩な国王は相好を崩す。


 ソファに座り、セツが酒を片手にゆっくりと十八年前の記憶を語ったのは、肖像画を一通り眺めた後だった。

 キスイは、妻の死に際を黙って聞き入る。


「――立派な最期だった」

 それは、嘘偽りない、セツの心からの賞賛だった。


 我が身は顧みず、生まれたばかりの赤ん坊を守り抜いたその姿は、母の強さそのものだった。


「そうか……そうか……」

 キスイ王はそう言ったきり、手で目元覆い、声を殺して泣いた。


 席を外すべきだったろうが、泣き崩れるその姿が五年前のロワメールと重なって、セツは静かに寄り添っていた。






「なんだ、そなたは? なんでそんなにカッコいいんだああああああああっ!?」

 目が座って管を巻く国王に、セツは無心を貫いている。


「なんだあれは!? 金も地位も名誉もいらん!? 国王からの褒賞を蹴る!? 前代未聞だぞ!?」

「………」

「しかも『王子だから助けたんじゃない。助けを求められたから、助けただけだ』って、どこまでカッコ良ければ気が済むんだあああああっ!?」

 ちびちびと酒を舐め、セツは時間が過ぎるのをひたすらに待っていた。


「それだけカッコ良ければ、そりゃあロワが夢中になるわ。父と慕うわ! どうせどうせ、ただの国王の余は、守護者のようにカッコよくないわ!」

 ただの国王ってなんだよ、とセツは心の中でツッコむ。


 国王の酒癖は悪かった。非常に悪かった。授与式での威厳も高貴さも木っ端微塵である。

 ソファをセツの横に移動してきた国王は、先程からずっとセツにウザ絡みしていた。


「そなたばっかりロワに好かれおって。余だってなぁ、余だって、そんな風に好かれたいわ! ロワが可愛いんだああああああっ!!」

 何度目になるかわからぬ悲痛な叫びである。


 傍目にも丸わかりな、ロワメールの名付け親への過剰な愛情は、キスイの親としての自信を地の底に叩き落した。 


「やっと見つけた余の息子なのに。目に入れても痛くない、可愛い息子なのに。なのに、なんでそなたばっかり……っ」

 普段は隠している本音が、酔ってダダ漏れである。

 おーい、おいおいおい、と今度は泣き出してしまった。


(勘弁してくれ)

 はぁ、と特大の溜め息がセツから漏れる。


「余がロワの実の親なのに、ロワが大好きなのは、余ではなくて名付け親なのだ」

 しまいには、いじけだしてしまった。


「ロワメールは、国王を尊敬していると言っていた。なにが不満だ?」

「ロワに不満はない! 不満はないが……」

 ロワメールに不満があるのではない。キスイ王は、セツに嫉妬しているのだ。


 セツを慕うように、自分も慕われたい。

 セツに甘え、信頼するように、自分にも甘えて、信頼してもらいたい。

 だって、自分が実の父親なのだ。

 

「多感な年頃にいきなり実の親が現れて、育て親から引き離されても、あいつなりに精一杯歩み寄ろうとしている。まさか、わかっていないわけじゃないだろうな?」

 セツの声に非難が混じる。

 

「そ、それは、無論わかっている! ロワが余やヒショーの愛情に応えて、家族になろうとしてくれているのは、ちゃんとわかっている。ただ」

 そこから先をキスイは続けられなかった。


 ロワメールが実の親より名付け親を慕っているのようで、大切にしているようで、愛しているようで、言葉にしてしまえば、それを認める気がして。

 名付け親に負けるのが、悲しくて、情けないのだと言いたくなくて。


「ただ、なんだ?」

 ロワメールの努力を踏みにじるような物言いに、セツの眼差しに険が混じる。


「あいつになにを望んでいるんだ?」

 叱責のような厳しい問いに、キスイは俯くことしかできなかった


「あんなに優しく素直に育ったロワメールに、これ以上、なにを望むんだ?」

 項垂れるキスイは、その言葉に大きく目を瞠った。


「ロワメールが幸せそうに笑っている。それだけで十分じゃないのか?」

 我が子が大きな病気や怪我もせず、元気で、幸せである。それ以上は望むべくもないのだと。


「な、名付け親殿……」

 再び顔を上げたキスイからは、滂沱の涙が溢れていた。


「余は親として、なんと大事なことを忘れていたのか」

 ロワメールが生きている、それだけ満足だったはずなのに。

 いつの間にか、それ以上を望んでいた。


「そなたは余に親として、大切なことを思い出させてくれた……! さすがは三百年を生きる賢者よ! そなたは余の恩人だ!」

 キスイは感動に胸を打ち震わせ、セツにガバリッと抱きつく。そして感極まって、再びおんおんと泣き出した。


 一方抱きつかれたセツは、たまったものではなかった。

 絡み酒の泣き上戸、国王はもはやただの面倒臭い親父である。


 しかし仮にも一国の王を邪険にもできず、セツはげんなりと途方に暮れるのだった。







❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー15 鉄の男 は、7/9(水)22:30頃に投稿を予定しています。

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