表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やさしい魔法使いの起こしかた  作者: 青維月也
第一話 野望編
18/214

17 王子の苦悩

「わかっています。マスターがどれほど重要な存在か」

 ロワメールは美しい顔が歪める。



 わかっていると言いながら、その表情も声も、到底納得してはいなかった。

 


 もし、魔族と人の戦いになれば、マスターは人類最後の砦。

 だからこそ、自由に生きることも、死ぬことも許されない——。

 


 溢れ出る感情を抑えるように、ロワメールはグッと奥歯を噛みしめる。



「もう子どもじゃないんだろう?」

 セツはロワメールの側に立つと、項垂れる銀の髪を撫でた。

 


 まるで幼子を宥めるように。

 セツの声は、ひどく優しい。

 きっと五年前もこうして慰めたのだろう。

 彼には、ロワメールはまだ小さな子どものままなのだ。

 


(やれやれ……)

 カイは内心で溜め息を吐く。



 こんな姿、王宮では見せたこともないのに。急に育ての親と引き離され、右も左もわからぬ王宮に連れて来られても、ロワメールは弱音ひとつ零さなかった。



(どれだけセツ様に懐いているんだか)

 カイはあえて冗談めかして、腑抜けた王子の目を覚まさせる。

「ロワ様はセツ様のこととなると、てんでお子様ですねぇ。セツ様が眠られても、泣かないでくださいね? それとも、もう泣いてます?」



「泣いてない」

 ムッとして、ロワメールは側近の言葉を否定した。



「はいはい。泣いてない泣いてない」

「泣いてないってば!」

 


 反論する王子様を、カイはいつものようにニコニコと笑いながら軽くあしらう。



「ぼくがいつ泣いたんだよ! ぼくが泣いたのなんて、見たことないくせに!」

 失礼な側近に、ロワメールは憤慨した。



 元気を取り戻した青年に、セツは安堵する。

 カイにチラリと謝意の目を向けた。

  


(どういたしまして)

 カイは小さく肩を竦める。

(これも側近の仕事ですから)


 


     ❖     ❖     ❖


 


「ロワ様」

「わかってる」

 


 自室に戻ったロワメールは、ベッドの上で立てた片膝に顔をうずめていた。

 戻ってきてからずっと、その姿勢のまま動かない。



「わかっているなら結構ですが、注意しないと、セツ様にバレてしまいますよ?」

「わかってるって言ってる」



 固い声音に、カイは溜め息を吐く。

 旅は始まったばかり。こうも簡単にボロを出して、果たしてこの調子で大丈夫なのか、気が気ではなくなる。



「ロワ様は本当に、セツ様のこととなるとお子様ですねぇ。他のことはそつなくこなされるのに」

 膝から顔を上げ、ロワメールは側近を睨みつけた。



「怖いですよ」

 怖いと言いながら、カイはちっとも怖くなさそうに笑っている。しかし二色の瞳には、先程までとは別人のような冷たい光が宿っていた。



「せっかくギルドでは上手く誤魔化せたのに。セツ様にバレたくないんでしょう?」

 ランプの明かりに鈍く照らされた銀の髪は、俯いたまま動かない。

「心配なさることは、ないと思いますが……」

 


 ロワメールは膝に顔をうずめたまま、その独白を聞いていた。

 


 カイに注意されるまでもなく、セツを困らせたのはわかっている。

 だからあの後は、できる限りいつも通りに、いつも以上に明るく振る舞った。

 


 セツが、子どもだと思っているならそれでもいい。

 昔のままの笑顔を浮かべよう。

 セツに悟られないように。

 見抜かれないように。

 ロワメールは、ぎゅっと拳を握りしめた。



 五年の空白は、長く、そして重い。

 これから先、どうなるかなんてわからない。

 それでも。



「ロワ様」

 カイは船室の床に片膝をつき、自身の主を見上げた。

 彼の王子は、子どものようにおびえて小さく身を固めている。



「セツ様の前では、そんなにいい子でいたいですか?」

「うるさい」

 図星だったのか、ロワメールの頬が赤らんだ。

 カイはそんなロワメールに構わず、なおも続ける。



「いい子でいたいのなら、やめても構いませんよ?」

 思わず、ロワメールはカイを見返す。



「中途半端なお覚悟ならおやめください。今ならまだ間に合います」

 カイは片膝をついたまま、優しい口調で王子を突き放す。



 普段は側近の助言を素直に聞き入れるのに、ことこの件に関してはロワメールは頑なに耳を塞ぐ。どんな慰めも気休めも届かなかった。



 しかしそれは、嘘偽りない心の底からの願いだからこそ、ロワメールを突き動かす原動力となり、なにより強く、この青年が宮廷で生き抜く力となる。



 ならば、全力でお支えするのがカイの役目だ。



「貴方様がなさろうとされているのは、これまで誰も成し得なかった、険しい道です。途中で諦めたとしても、誰も馬鹿にはしませんとも」



「誰が諦めるって?」

 青と緑の双眸が、側近筆頭を睨み返した。



 ロワメールは挑発だとわかって、乗せられている。ロワメールがそうするとわかって、カイも言っている。



「言ったはずだよ。これは千載一遇のチャンスだって」



 セツがいつ起きるかは、誰にもわからない。

 だが、今、氷室での長きに渡る眠りから、最強の魔法使いは目を覚ましていた。



「ぼくは運がいい。このチャンスは、絶対に逃さないよ」

「さすがはこのカイがお仕えする、唯一無二の主でいらっしゃいます」

「うーわ、性格悪っ!」

 ついさっきまで、王子たる者いつまでも寝惚けられては困ると手厳しかったくせに、いけしゃあしゃあと掌を返すカイに、ロワメールが笑う。



 ロワメールの目からは暗く沈んだ光は消え、すでにいつもの力強さが戻っている。



「宮廷は、宮の者が手を回してくれています。問題はギルドですね。誰か、こちらの手の者を潜り込ませるか、こちらの陣営に引き入れられればよかったんですが」

 事前に工作準備はしていたが、とてもではないが時間が足りなかった。セツがいつ起きるかも予測できない。

 カイは正直、もっと時間に余裕があると思っていた。



「問題ないよ。ギルドではぼくが直接動く。その方が、効率がいいはずだよ」

 王子の肩書は、それだけ意味がある。



 自身の立場を十全に理解している第二王子に、側近筆頭は満足そうに頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ