4ー7 新緑宮の側近たち
「おかえりなさいませ、ロワさま」
「ただいまー!」
大きく開け放たれた新緑宮の扉の前で、側近たちが主の帰りを待ちわびていた。
「遠路、お疲れ様でございました」
中央に立つメガネをかけた赤毛の男性が穏やかに微笑み、ロワメールを出迎える。
「長い間、留守にしてすまなかったね」
「長い間、という自覚がおありでしたら、もっと早く帰ってきたらよかったんじゃないですか」
赤い髪の男性の隣で、十代前半と思しき黒髪の少年がそっぽを向いて文句をつけた。
「リアムがロワさまに置いていかれて、寂しかったようで」
「べ、べべ、別に寂しくなんかありません! 仕事が滞ることを心配したんです!」
赤毛の男性に暴露され、少年が真っ赤になって弁明する。
「君たちが留守番してくれていたから、安心して協議に集中できたよ」
「留守番くらいお安い御用です」
少年はツンと顎を逸すが、もっと褒めてくれないかな、とチラチラと横目で王子を覗う。
ロワメールに頭を撫でられると、少年はへにゃりと相好を崩した。
と、そこで、我慢しきれず、もう一人の青年がぎゅうとロワメールを抱きしめた。
「王子、おかえり」
明らかに貴族の二人とは違う。褐色の肌の青年だ。
「怪我してない?」
「うん。どこも怪我してない」
抱きしめたまま離さない青年の背中を、ロワメールは安心させるようにポンポンと優しく叩く。
「心配してくれてありがとう、翡翠」
「うん。王子になにかあったら、オレ、職を失うから」
褐色の青年は、どこまでも平常運転だ。これでも心配しているのである。
いつも通りの宮の面々に帰ってきた実感が湧き、ロワメールはクスリと笑った。
王子の宮である新緑宮は、政の行われる陽天宮のように格式ばらず、快適さを優先させた居住エリアだった。
とりわけ一日の大半を過ごす執務室は、ロワメールが堅苦しさを嫌って明るく開放的だ。
採光の窓は大きく開け放たれ、白いレースのカーテンが風に揺れている。
「みんな、紹介するね。ぼくの命の恩人で名付け親、最強の魔法使いマスター・セツだよ」
セツの隣に座り、ロワメールが紹介した。白い革張りのソファに置かれた緑のクッションと緑色のカーペットが新緑宮らしい。
大きな窓の前にはロワメールの執務机が、片側の壁面には書物や資料が詰まった書棚が並び、もう片側には側近たちの控えの間へと続く扉があった。部屋の中央にはソファセットが置かれ、全体的に無駄な装飾はないが、明るい色調で揃えられた室内は居心地がいい。
ロワメールが豪華な応接室ではなく執務室にセツを連れてきたのは、客人のように扱うことへの違和感と、新緑宮に滞在中はこの部屋で過ごしてもらいたかったからだ。ここならいつでも話ができるし、執務室は王子宮の居間のようなものでもある。皆が集まる場所だった。
ローテーブルを挟んで対面のソファに座った側近たちは、名付け親をロワメールの父同然として恭しく一礼した。カイだけが、ロワメールの背後に控える。
「セツ、ぼくの側近たち。侍従見習いのリアム・ドゥ・フェブリエ。まだ十四歳なんだ」
『海の眼』の少年は、公爵家の出身らしく優雅な礼をしてみせた。
黒いさらさら髪に、いかにも育ちの良さそうなきちんとした佇まいである。この年の少年にしてはやや小柄で、つり上がった大きな目がどこかネコを思わせた。
「で、ぼくの専属護衛のヒューイ・ノワール。ぼくより強い、ルゥークー武術の使い手。ぼくは翡翠って呼んでる」
口数の少ない青年は、黙って目礼する。
機動性を重視し、着物の袖は肩ぐりから外されていた。そこから見える褐色の腕に、無駄な脂肪は一切ない。引き締まった体躯は、野生の獣の美しさを備えていた。
そして褐色の肌は、青年が皇八島の最南端、ルゥークー島出身であることを物語る。
専属護衛の青年は、ロワメールと出会った時に記憶喪失だった。綺麗な瞳の色からロワメールが翡翠と仮の名前を与え、今に至る。
「それから最後が、侍従長オーレリアン・トロワ・カスカード。あ、肩書きは名目上だから、あんまり気にしないで。みんな兼任してるから」
温和そうな男性が、恭しく頭を下げた。
雪中に咲く椿のように淑やかな赤い髪は、肩の下辺りまで伸ばされ、首元で緩く結われている。
「レリくんは、カイの幼馴染みなんだ」
「その情報、不必要ですよ」
思い出したように付け足された一言に、カイが嫌そうに顔をしかめた。
人付き合いもそつなくこなしそうなカイに、苦手な人物がいたことが意外である。
「セツさまにおれを知っていただく一助になれば、おれは嬉しいけど?」
柔らかく微笑む男性は、カイよりわずかに年上だった。
王子の傍らに立つカイは面白くなさそうで、どうも側近筆頭が一方的に侍従長を毛嫌いしているらしい。
「それから、この子も」
一通り側近の紹介を終えると、ロワメールが今度は、膝の上で側近たちを興味津々に眺めていた子ネコを持ち上げた。
初めて出会った時は片手に乗るくらいだったのが、今では両手サイズに成長している。
それでもまだ頭でっかちの子ネコ体型で、オレンジ色の毛玉にしか見えなかった。
「ミエルだよ。この子を飼うことにしたから、よろしくね」
「にゃあ!」
ロワメールに紹介され、ミエルが元気に挨拶する。
「ミエル、ぼくの側近たちだよ。そして、ここが今日から君の家だ」
ロワメールはミエルを床に下ろした。
好奇心旺盛な子ネコは、早速探検を開始する。もとより掃除は徹底されており、子ネコを迎えるに辺り、ネコにとって危険な観葉植物などは事前に撤去されていた。
「宮の中は自由に行き来していいけど、迷子にならないでね」
ワクワクしながら部屋をうろちょろする子ネコに注意する。なにせ広い王子宮だ。うっかりしなくても小さな子ネコ一匹、簡単に迷子になりそうだった。
「これは、可愛らしい仲間が増えましたね」
愛らしく小さな子ネコにオーレリアン他、皆が目を細める。
そんななか、表情を強張らせる人間が一人いることに、ロワメールは気付いていなかった……。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうこざいます!
4ー8 王子様の側近教育 は、5/21(水)の夜、22:30頃に投稿を予定しています。




