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4ー5 王子の帰還

 ガラガラと、馬車は王都キヨウの大通りを進んだ。整備された石畳の通りを馬車は行き交い、歩道に植えられた街路樹の木陰が目に涼しい。


 大通りの両側に並ぶ立派な屋敷は、有力貴族のキヨウ別邸だ。歴史ある佇まいが、古都の趣きに花を添えている。


「ん……」


 古都の景観を眺めていたロワメールは、その声に車内を振り返った。

「セツ、起きた?」


「……俺、寝てたのか」

 セツがぼんやりと返事を返す。


「うん。ぐっすり。めずらしいね」

「……昔の夢を見てたよ」

 懐かしむセツの表情は穏やかだ。


 いつものようにカイは騎乗で護衛をし、馬車にはロワメールと熟睡中のミエル、そしてセツだけである。

 ジュールはシノンに残り、王子の魔法使いとなるべくギルトを説得中だった。

「今どの辺だ?」

「もう望月大路だよ。ここは貴族街。もうすぐ着くよ」

 

 キヨウはリヨウから遷都に際し、都市計画に基づいて建設された美しい都市だった。

 八百年の歴史を誇る大都市は碁盤の目に区画整理され、王都の玄関口、南斗門から一直線に王宮へと繋がる大通りが望月大路である。

 貴族街を抜ければ、王宮は目の前だ。


 窓枠に頬杖をついて景色を眺めるロワメールの横顔は、まるで彫像のように一点の否もない。整った眉もスッと通った高い鼻梁も、続く完璧な形の口元も、神の造形を思わせる。


 過ぎゆく王都の景色になにを思うのか、ロワメールは王子の横顔をみせていた。

 この国の未来を思い描いているのか、悠久の歴史に思いを馳せているのか、もしくはシノンに残してきた自由な日々に後ろ髪を引かれているのか。


「……キヨウは嫌か?」

 物思いに耽り、最初、ロワメールは静かなその問を聞き取り損ねた。


「王宮に、帰るのは嫌か?」

 それが、キヨウに帰ることを散々ごねたロワメールを気遣っての質問なのは、すぐにわかった。

 アイスブルーの目は、真摯にロワメールを見つめている。


 仮に嫌だったとしても、責任を放棄できるわけもない。

 そんなことロワメールだけでなく、セツだってわかっているはずなのに。

 この名付け親は、どこまでもロワメールに甘いのだ。


 そんなセツに、ロワメールはイタズラ心が芽生える。


「もし、嫌って言ったらどうするの?」

 クスリと笑って、ロワメールは聞き返した。

 

「そうだな」

 わずかの間、視線を彷徨わせ、セツは穏やかに微笑んだ。


「お前を連れて逃げるか」


 青と緑の色違いの瞳が瞠られる。

 ロワメールは、咄嗟に言葉が返せなかった。

 

 三百年もの長きに渡り、己が人生を犠牲にしてマスターとしての責務を果たすセツ。

 そのセツが冗談でも、ロワメールのために責務を捨てると言ってくれる――。


 込み上がってきたものを、ロワメールは慌てて飲み込んだ。


「嘘だよ。嫌だなんて思ってない。そりゃ、ユーゴを懐しく思う時もあるけど、王宮も楽しいよ。みんないい人だし」

 声が揺れるのを誤魔化すように、早口で並べ立てる。


 そうか、とセツは安心したように小さく頷いた。

 ロワメールは改めて思う。


(この優しい名付け親のために、ぼくは王子になったんだ)

 王子でなければ、できないことをするために。


 この国の、政の中枢に位置する立場。

 王族だからこその、大きな権力。

 それらを使って、ぼくはセツを救う。

 

 裏切り者の魔法使いを法の下で裁く。

 それは目処がついた。

 時間とともに、『魔法使い殺し』の名も薄れていくだろう。


 だが、それだけでは足りない。

 根本的な問題はなにも解決していない。


 次代のマスターを生み出すことはできない。

 魔主の攻撃から人々を守るのも、マスターの力に頼らなければならない。


 それはかえられない。

 けれど、それ以外なら。


 セツから、重荷をひとつでも取り除く。

 そのために、ぼくは戦う。


 そしてギルド本部からここキヨウ王宮に、ロワメールの主戦場は移った。

 これからはギルドを率いる司ではなく、宮廷に巣食う魑魅魍魎が相手になる。


 いくら重臣たちがロワメールを可愛がっていると言っても、それとこれとは別だった。

 彼らは、政治の場ではロワメールを甘やかさない。皇八島に、そんな無能な廷臣はいない。


(ぼくは絶対に、セツを救ってみせる)


 馬車は貴族街を抜け、春分通りにさしかかる。

 通りの先に皇八島の中枢、キヨウ王宮がその壮麗な姿を現した。


「着いたよ、王宮だ」

 ロワメールは、名付け親に心配をさせたくなくてにっこりと笑ってみせる。

 

 セツが知る必要はない。


 これは、ぼくの戦いだ。






 貴族街を抜けて春分通りを横切れば、望月大路の終着点、北斗門に辿り着く。

 背の高い門扉は開け放たれ、門の両脇、繊細な彫刻を施された石造りの門柱の前には衛兵が立つ。


 北斗門を守る衛兵は、第二王子の側近筆頭と馬車に施された月と海の紋章に、剣を掲げる最敬礼をとる。


 ロワメールは通り過ぎざま顔見知りの衛兵に微笑むと、衛兵も声に出さずに「おかえりなさい」と笑顔を返した。


 北斗門を抜けると、馬車は橋を進む。王宮をぐるりと囲む堀にかかるこの橋は天河と呼ばれ、俗世から王宮への架け橋、人々と神の末裔である王族を繋ぐ橋だと考えられている。


 そして橋を渡れば、いよいよ王宮敷地内だ。


 正面に位置するのが、宮廷が置かれ、政が行われる表の宮、陽天宮である。

 望月大路からもその姿を眺めることができる壮麗な宮殿は、その美しさ、大きさから、まさしく王宮を代表する宮殿と言えるだろう。


 その陽天宮から柱廊で繋がるのが、国王の宮、月天宮であり、その月天宮に寄り添うように王妃の宮、桜花宮が建つ。そして桜花宮の対に王太子の宮、青海宮があり、その奥に位置するのが王子の宮である。


 王宮の広い敷地内には外苑と呼ばれる森が広がり、王族の宮はその中に点在する。


 静かな森は王都の喧騒から隔絶され、別世界に迷い込んだかのようだ。木漏れ日の降る森の道を、馬車はガラガラと車輪の音を響かせて進む。

 木々のアーチの先に、瀟洒な宮殿が見えてきた。

 ロワメールの宮、新緑宮である。




❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうこざいます!


 4ー6 ヒショー・アン・ラギ は、5/7(水)の夜、22:30頃に投稿を予定しています。

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