4ー2 くそったれ師匠1 セツ零歳、三歳
「痛い目に遭いたくなけれゃ、有り金全部置いてきな」
「このお金は、おとっつぁんの薬代なんです。これがなかったら……!」
ガラの悪い連中が、一人の少女を取り囲んでいた。
昼間は賑やかな通りも、夜は寝静まる。
天にかかる三日月は薄い雲に隠れ、軒を連ねる町家は暗がりに沈んだ。夜陰に紛れて悪事を働くにはもってこいの晩だった。
少女は、懐を守るようにギュッと胸元を押さえる。黒髪を結った赤い髪紐が、か細く震えた。
「誰か、誰か助けて……」
「助けを呼んだって、誰も来やしねーよ」
騎士隊の見回りまでには、まだ時間があった。こんな夜更けに出歩く物好きもいない。
少女の運命は、絶望的に思われた。が。
「ところがいるんだなー、これが」
不意に聞こえた声に、男たちは飛び上がる。
「だ、誰だ!?」
壁に肘をつき、一連のやりとりを眠そうに眺めていた男が、よっと勢いをつけて体を起こした。
「悪党共、この強くてイカすオジさんが居合わせたのが、運の尽きだったな」
一陣の風ととも雲が晴れ、月明かりが男の纏う黒いローブを照らす。
「ま、魔法使い……か?」
ニヤリと笑う男に、男たちはゴクリと喉を鳴らした。
「親孝行な嬢ちゃん、薬買いに行きな。おとっつぁん、大事にしてやれよ」
「あ、ありがとう、魔法使い!」
現れた魔法使いはいなせに少女を逃がし、腹が立つほど余裕たっぷりに男たちを見据える。
しかしその男は、悪漢たちの知る魔法使いとはどうも違った。シルエットがおかしい。魔法使いの証である黒のローブが、脇腹でぎゅっと縛られているのだ。
男は肩から抱っこ紐を下げ、胸に赤ん坊を抱いている。
どうも子守の最中、らしかった。
思わず反応に悩んだものの、相手が赤ん坊連れで一人だとわかると、男たちは勢いを盛り返す。
「おっさん、ガキに怪我させたくなきゃ、とっとと失せな」
「誰がおっさんだ」
退く気配のない魔法使いに、男の一人が殴りかかった。
いくら魔法使いだろうと、赤ん坊を抱いてなにができる。
高を括った悪党は、けれど、その赤ん坊を抱いた魔法使いに拳で殴り飛ばされた。
「な、なんで魔法じゃないんだよ!?」
「夜泣きのストレス発散に決まってんだろーが」
嘯き、魔法使いは言葉通り、最低限の動きで攻撃を躱し、確実に相手を一撃で地面に沈めていく。
「なんだ、こいつ? ホントに魔法使いか?」
「ホントだ、よっ、と」
言い様、背後から襲いかかってきた相手のみぞおちに回し蹴りを入れる。
分が悪いと見て取った男たちは、すかさず逃走を図った。
「ずらかれ!」
「逃がすと思うか?」
オジがつま先をトンと鳴らすと、地面が一気に盛り上がり、一目散に逃げようと企む悪党共を土の塊が飲み込んだ。
「う、うわあああああ!? なんだコレ!?」
胸から下、両腕ごとすっぽり土に包まれ、身動きを封じられた男たちが悲鳴を上げる。一人一柱ずつ捕縛された姿は、巣穴から顔を出したモグラのようだ。
「うるさい。騒ぐな。セツが起きたらどうしてくれる!」
ペシリと手近な男の頭をはたくが、遅かった。
魔法使いの胸で赤ん坊がぐずりだす。
「てめぇら……」
怨嗟のこもった呻きと共に、オジがギロリと男たちを睨みつけた。
「寝た子を起こすってぇのがどれだけ罪深いか、わかってんのかーー!」
ペペペペペペーンッ! と横一列に並ばせた男たちの頭を容赦なくはたく。
「あーあー、起きちまったじゃねーか! せっかく寝かしつけたのによー。ったく。おー、よしよし。なんでもないぞー。いい子だからもっかい寝ろー」
「絶対オレたちのせいじゃねえ!」
動く土塊に運ばれ、悪党どもはぎゃーぎゃーと喚きながら、夜道を騎士隊舎に連行されるのだった。
❖ ❖ ❖
「セッちゃん、ほら、ほっぺについてる」
妖艶な美女が、もぐもぐと夕飯を頬張る幼子の頬を拭う。
「セッちゃん、お野菜も食べるのよ」
すると今度は反対側に座った美女が、白い髪の小さな男の子に煮物の皿を運んだ。
「それ、やぁ」
「あら、セッちゃん、おナス嫌い?」
胸元の大きく開いた着物の色っぽい女たちは、ニコニコと幼子の世話を焼いている。
「こーら、セツ。好き嫌いしてると、俺みたいなカッコいい魔法使いになれねーぞ」
目鼻立ちのはっきりしたオジは、見る人によっては確かに男前だ。
そんなオジに叱られ、セツは唇を尖らせた。
「やぁや!」
「じゃあ、お姉ちゃんがあーんしてあげるから、一口だけ頑張ってみようか? はい、あーん」
「……あーん」
差し出されたナスを凝視していたセツは、いやいや口を開ける。
ぱくん、と食べたはいいが、セツはすぐさまゴキュゴキュと水を飲み、ナスを喉の奥に無理矢理流し込む。
「ほら、食べれた! エラいエラい」
女たちはセツの頭を撫でて褒めるが、セツは涙目だ。
「こんな店に子ども連れで来んなよ!」
店一番の美女を取られた常連客がやっかむ。
「俺がモテるからって、僻むな僻むな」
オジは笑って取り合わない。ベージュ色の髪はやや長くクセがあり、いかにも遊び人の風情だ。だが、女を買う店に平然と子連れで訪れるなど、遊び人の常識もない。
「モテてんのはアンタじゃねーだろ!」
酒と煙草、白粉の匂いが充満した店内に、女たちの嬌声が混じる。
「うちは飯屋じゃないよ。まったく。女を買わないで、飯だけ食ってりゃ世話ないわね。これで金払いがよくなけれゃ、出禁にしてるよ」
恰幅の良い女将が、料理の皿をドンとセツの前に置いた。
「ほおら、セッちゃん、たーんとお食べ」
「ここの飯が美味いんだから、しょーがねーだろ。美人に囲まれて美味い飯が食える。楽しいじゃねーか」
オジがゲラゲラと笑う。
「こんな子どものうちから綺麗所侍らせて、末恐ろしいガキだぜ」
先程の男たちがガタガタと椅子を鳴らしてオジのテーブルに加わる。
「こんな美人独占しやがって。オレらも混ぜろ」
「おう、飲め飲め」
オジは気前よく、顔馴染みたちの杯に酒を注いだ。
「セツは将来、俺みたいないーい男になるんじゃねーか。なあ、セツ!」
「あら、楽しみ〜」
女たちもクスクス笑う。
「あーあぁ、もう。オジさん来ると、いっつも宴会が始まっちまう。うちはそういう店じゃないってのに」
艶っぽさはどこへやら。いつの間にか始まるドンチャン騒ぎに、女将は苦笑するのだった。
❖ お知らせ ❖
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4ー3 くそったれ師匠2 セツ七歳、十歳 は4/16(水)の夜、22時30分頃に投稿を予定しています。




