3ーÉpilogue ぼくの魔法使い
朝に光は昨日とかわらず透明で、しかし陽月から月待月へと暦がかわり、澄んだ水面に弾む陽光は幾分柔らかい。
泉のほとりでロワメールとジュールは向かい合い、お互い言葉を探していた。
「あのっ」
「あのさ……!」
勇気を出してみたものの、見事に被ってしまう。
「ロワサマから、お先にどうぞ」
「いや、ジュールの方が早かったし……」
譲り合って埒が明かない。ここは立場上、王子様が先を譲られるしかなかった。
ロワメールは軽く息を吐きだし、最後の躊躇いを吐き出した。
「知ってると思うけど、ぼく、キヨウに帰るんだ」
緊張に、手が汗ばむ。しかしもう後がない以上、腹を括るしかなかった。
「それで、よければ君にも一緒に、キヨウに来てもらいたいんだけど」
ロワメールを見上げる明るい水色の瞳が、驚きに瞠られる。
その目にたじろぐも、ロワメールは踏みとどまった。
これは、王子の役目だ。どれだけ恥ずかしくとも、逃げ出すわけにはいかない。
「もちろん、今日すぐってわけじゃなくてね! 準備もあるだろうし、君の家族や友達にだって説明しなきゃならないだろうし、そもそもまず、君の気持ちを聞かなきゃいけないんだけど……!」
兄のように王子らしくと思っても、気恥ずかしさが優って締まらない。
「えーと……」
ジュールに見つめられて、ロワメールは頬を指で掻いた。
(なにこれ、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど……)
王子として向き合うことに、羞恥心が込み上げる。
けれど、ここで言わなければ、きっと一生後悔する。
気持ちを言葉で表す大切さは、学んだばかりだ。
「ジュールに、ぼくの魔法使いになってもらいたいんだ」
「ロワサマの、魔法使い……?」
耳慣れない単語に、ジュールは首を傾げる。
「これから、魔法使いギルドはかわる。王家とキルドの関係もかわっていく。ぼくがかえていく」
そこに揺るぎない意志を宿し、ロワメールは王子として言葉を紡ぐ。
「それに併せ、ぼくは魔法使いと契約をすることにした。もちろん、いかなる権力にも与せず、っていうギルドの掟に抵触しないよう、王子ではなく、ぼく個人と契約してもらう」
ロワメールには力が必要だった。
セツを守るために。救うために。
ギルドも国も、かえていく。
「キルドはかわったんだと、内外に知らしめるためだ。王家とギルドが手を取り合い、共に歩む――君には、その象徴になってもらいたい」
ドクドクと、心臓の音が聞こえる。
これ以上王子として目を合わせられず、ロワメールはついと視線を逸らした。
「それで人選の段になって、カイとセツがジュールがいいって」
ロワメール個人と契約、と言っても、誰でもいいわけではない。
魔法使いとしての強さはもちろん、品行方正であり、教養も求められる。そして側近として名を連ねる以上、ロワメールに忠誠を誓える人物でなければならなかった。
――あとは、貴族であること。
――魔法使いが、貴族である必要ある?
カイの条件に、ロワメールは疑問を呈した。階級意識を排した実力主義の魔法使いに、貴族出身を求める必要があるのか。
――貴族であれば礼儀作法を心得ていますし、宮廷内で肩身の狭い思いもしないでしょう。
貴族の中には、騎士、平民を露骨に差別する者もいる。それを考えれば、貴族であるに越したことはない。
――欲を言えば、見目麗しい者がいいですね。
ロワメールは現在進行形で苦労しているので人を外見で判断するのは好きではないが、見た目が大事なことも否定できない。
――イメージは大切ですからね。ロワ様の背後に控える魔法使いの見目が良ければ、宣伝効果も高まります。
周囲へのアピールが第一目的である以上、カイの言うことも道理である。
王子の側仕えへの条件が厳しくなるのは必然であり、選考も難航するかと思われたが、カイもセツも目星がついているようだった。
――適任がいますね。
――いるな、一人。
カイは口にはしなかったが、もうひとつ絶対条件があった。
それは、セツを魔法使い殺しと恐れず、マスターとして尊敬していること。
ジュールは、これも満たしている。これ以上、最適な人材がいるとは思えなかった。
ジスランやフレデリクも候補に挙がったが、ジスランは品行方正とは言い難く、フレデリクは貴族ではないし、そもそも彼の場合はロワメールと相性が悪かった。
「マスターじゃなくていいんですか?」
ジュールは、念を押すように確認した。
「セツはダメなんだ」
国王と王太子を差し置いて、第二王子が最強の魔法使いと契約はできない。
それに、ロワメールはセツと契約をしたくなかった。
「あ、家族なのに契約ってヘンですもんね」
ジュールはごく普通にそう言う。
ロワメールをセツの家族だと言ってくれるジュールだからこそ。
「ごめん。嘘。違う」
ロワメールは、自身とジュールの言葉を否定した。
「ぼくが、君がいいんだ」
飾らずに真っ直ぐ伝える。
「ジュールがいい」
ジュールなら、ロワメールの気持ちを理解してくれる。思いに寄り添ってくれる。間違えれば叱ってくれる。
――耳に痛い諌言をくれる者こそ、大事にせよ。
父である国王は、ロワメールにそう教えてくれた。
主の不興を恐れず、己の保身を顧みず、主が間違いを犯せば諌める、それができる者を側近にしろと言われた。
ロワメールも王子となってから、見え透いた世辞や追従をごまんと聞いてきた。
だからこそ、本気で向き合ってくれる存在がどれだけ貴重か身に沁みている。
――そういう者は、決して手放してはいけない。
ロワメールも、手放したくないと思った。
「ジュールに、ぼくの魔法使いになってもらいたい」
朝の泉の、明るい静けさが好きだった。
なにを喋るわけでなくても、互いに修行に励んでいたあの時間が、ロワメールは心地良かった。
「ぼくの魔法使いになってくれる?」
ジュールは、どうだったろう。
この明るい水色の瞳に、ぼくはどう映っていたんだろう。
ぼくはジュールにとって、忠誠を捧げるに足る人物だったろうか。
全身で心臓の鼓動を聞くロワメールが見つめる先で、明るい水色の瞳がわずかに笑みを作った気がした。
ジュールは無言で地面に片膝を折る。
亜麻色の髪が、頭を垂れた。
「ジュール・キャトル・レオール、喜んで、ロワメール殿下にお仕えいたします。どうぞこの身を、殿下のためにお役立てください」
毎朝を共に過ごした泉のほとりで、若い魔法使いは王子に忠誠を誓う。
泉から吹き抜ける爽やかな風が、二人の髪を揺らした。
葉擦れの音が耳をくすぐる。
「これからよろしく!」
「はい!」
ロワメールが伸ばした手を、ジュールは迷いなく握り返した。
照れ臭さより嬉しさが勝り、どちらからともなく笑顔が零れる。
「ところで、君の話はなんだったの?」
「ボクの話はもう大丈夫です」
朗らかな笑みで、ジュールは首を振った。
「え、いや、だって」
「だって、ボクの話は、ロワサマにお仕えしたいってことでしたから」
「へ……?」
ジュールがケロリと白状する。
「あれ? カイサマに聞いてませんか?」
ロワメールはその一言で、全てを察した。
ロワメールが死ぬほど恥ずかしい思いをしたのは、全部全部、あの側近筆頭のせいということだ。
問い詰めても、どうせ王子教育だとかぬかすのだろう。
(あんの腹黒側近ーーーッ!!!!!)
爽やかな朝、ロワメールの心に絶叫が響き渡った。
À suivre……
やさしい魔法使いの起こしかた、第三話 魔者の花嫁編、これにて終了です。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
数ある作品の中なか拙作を選んでくださり、貴重なお時間を使って読んでいただけで、本当に嬉しく、感謝しかございません。
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物語は第四話、王都次代編に続きます。
舞台は王都キヨウへと移ります。そこでロワメールとセツを待ち受けるものは――。
微調整のため、4ーPrologue ラギ王歴1624年紫陽花月キキ島 の投稿は、しばらくお時間をいただきたく存じます。
ですが、せっかく読んでくださる皆様をお待たせするのも申し訳なく、第四話投稿開始までの間、おまけショートや設定等を用意いたしました。
第四話開始までの間、よろしければそちらをご覧ください。
おまけ セツの料理教室 は、一週間後の3/12(水)、夜22時半頃に投稿いたします。
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