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3ー65 自由を愛する男

「はあー、お腹いっぱい!」

 ロワメールがお腹をさする。夕食は軽く済ませたが、一日中食べ通しでさすがに満腹であった。


 カイとは、食事を終えた後で別れている。ミエルはとっくにロワメールの腕の中で熟睡だ。


 セツと二人で話しながら居間に足を踏み入れると、誰もいないはずの部屋に明かりが灯り、恨みがましい声が聞こえてくる。

「ずいぶん楽しかったようじゃの」

「うわ!? 花ちゃん!?」


 ソファのいつもの場所で、この島の少年魔主が膝を抱えていた。

「なんじゃ、二人だけで楽しみおって。わしも連れてってくれたらよいではないか」


「あ、あの、花ちゃん……?」

「わしを仲間外れにしおって。なんじゃい。少々冷たいのではないか」

 久しぶりに現れたと思ったら、何故か花緑青はいきなり拗ねまくっている。


「花! お前、さんざん呼んだのに!」

「なんじゃ? わしに用じゃったかの?」

 いじける花緑青にセツがお構いなしに文句を言えば、惚けた返事が返ってきた。


「ソウワ湖に現れた魔者のことだ! 知らないとは言わせないぞ!」

 セツはドカッとソファに腰を下ろし、花緑青を睨みつけた。


「どういうことだ? 理由を説明しろ!」

 本来起こるわけのない、魔者の越境。それを魔主が看過するなどありえない。


「……セツよ」

「なんだ」

「お茶」


 話してやるから茶を淹れろと言われ、セツが立てば、茶菓子も忘れるでないぞー、と呑気に注文をつける。セツが目に見えてイライラとした。


「で、どうして他の島の魔者が、この島に現れたんだ?」

「それに関しては、すでに黒の奴と話をつけておる」

 フーフーとお茶を冷ましながら、花緑青は簡潔に告げる。


 セツも、そしてロワメールも眉間にシワを寄せた。

 嫌な符号である。

 裏切り者の魔法使いレナエルを洗脳したのも、黒い髪、黒い瞳の男だった。


「あやつは、配下が勝手にやったことだと、知らぬ存ぜぬの一点張りじゃったがの」

 バリボリと、花緑青の齧る煎餅の音が小気味よい。


「花ちゃんは、それを信じてないんだね?」

「下手な嘘よの」

 バリボリ、バリボリ。


「ま、次はないと釘を刺しておいた故、わしを敵に回してまで、もうちょっかいはかけてこんじゃろう」 

 バリボリ、バリボリ、バリボリ――。


 セツが自身の選択を後悔する。

(茶菓子の選択を間違えた……っ)

 真面目な話をしているはずなのに、台無しであった。


「結局、あの魔者の目的はわからず、か」

 独りごちるロワメールの呟きには反応せず、花緑青は茶を啜る。


「花ちゃん、大丈夫なの? 黒の王? がもし、本格的にこの島に侵攻してきたら……」

 不可侵のはずの領土侵犯を、一介の魔者が独断でするとは考えられない。


 やはり、魔主の指示を疑うべきだった。

 そして、魔主の命令だとしたら、目的はなにか。

 最も恐ろしいのは魔族同士の全面戦争である。人間への被害も、花緑青も心配だった。


「心配せずともよい。あんな小童に後れを取るほど、耄碌してはおらんよ」

 半ズボンから膝をのぞかせながら、花緑青はどこまでも尊大だ。


「これ以上わしの島、わしのものに手を出すなら、容赦せぬ」


 その瞬間、ロワメールの背筋にゾクリと悪寒が走る。例え少年の姿をしていても、花緑青は紛れもなくこの島の王なのだ。


「で、いい加減わしも聞きたいのじゃがな。さっきから、じーっとわしを盗み見ておる、その小さいのはなんじゃ?」

 今しがたの威圧感が嘘のように、花緑青は軽い口調でロワメールの膝上を指差す。


「ミエル、起きたの?」

 ロワメールの手元から顔を半分覗かせ、ミエルが花緑青を見ていた。警戒しているのか、体を硬くさせ、ロワメールの手の中から出ようとはしない。


 魔獣であるミエルが魔主におびえるのは当然だった。最初はセツにもおびえていたのだ。


「カヤで見つけたんだけど、ぼくにすごく懐いてしまって、飼うことにしたんだ」

 花緑青は子ネコにかけた魔法を見抜き、大方の事情は察したようだった。


「そのようにおびえすともよい。ちこうまいれ」

 花緑青がロワメールの手から、子ネコを抱き取る。


「ほお、生まれたてではないか。なんじゃ? ……ふむふむ。ほお、そうかそうか。ならば、しっかり励むがよい」

 花緑青と何事かを話すと、ミエルはご機嫌でロワメールの下へ戻ってきた。今度はロワメールの手の中に収まるのではなく、膝の上にコロンと寝転がり、なでなでしてとロワメールを見上げる。


「そやつ、そなたを王と思うておる」

「そうなんだよね……。違うよ、とは言ったんだけど」

 ロワメールが撫でると、ミエルは気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「良い良い。そやつにとっては、そなたが王なのだ。可愛いごうてやってくれ」

 ふふ、と笑う花緑青の目は慈愛に満ちている。本来なら己が配下の末端に位置する子ネコだが、ロワメールの眷属となっても、注ぐ眼差しは温かかった。


「ねえ、花ちゃんはどうして、配下の魔者になにも言わないの?」

 同じ臣下を持つ立場として、ずっと気になっていたのだ。


 千草の慟哭は、聞いていたロワメールですら身を削られるようだった。

 花緑青は配下を捨て置く冷たい君主には見えないのに、何故あれほどまでの深い悲しみを配下に強いるのか。


 花緑青の美しい緑の目が、思案する様に手の中の湯呑みに注がれる。

「そうよな……。わしは別に、配下を侍らせたくもないし、チヤホヤされたいわけでもない。それに、自分の身は自分で世話できるのでな」


 この島の魔者は、まるで恋焦がれるように主上からのたった一言を待ち続ける。ロワメールには不憫に思えたが、花緑青の考えはまったく別のところにあるようだった。


「わしは、わしの配下には、自分で考え、行動してもらいたいのじゃ」

 王に依存するのではなく自立を望んでいるのだと言われ、ロワメールは感心するが、セツは違った感想を抱く。


(なにカッコつけてるんだか)

 白けたように肩を竦めた。


 花緑青は自由でいたいのだ。

 配下にへばりつかれていては、それこそこうして、セツのもとに遊びに来ることもできなくなってしまう。


 花緑青は、自由を愛する男なのだ。 


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうございます!


 3ー66 魔主の加護 は2/19(水)の夜、22時30分頃に投稿を予定しています。

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