15 寝落ち
「裏切り者は、どんな人物なの?」
犯人がどんな人間かを知れば、見えてくるものもあるかもしれない。
ロワメールは、別の方向からのアプローチを試みようとした。
「そうだな、気が強く、自信家で傲慢、だそうだ」
ロワメールの問いに、セツは司から聞いた人物像を思い出す。
——一言で言えば、自信家、だな。
思慮深く言葉を選んだのは、水司ジルだった。
——とても強くて綺麗。ワタシ、すっごく睨まれちゃった。
——同じ三色ということで、モニクを敵視していたものね。研究職のモニクと戦闘職のレナエルでは、畑違いだというのに。
炎司アナイスは目の敵にされていた風司モニクを気遣いながらも、溜め息を吐いていた。
——ライバル視していたモニクが風司に就任した時、あいつは本部に乗り込んできおったわ。あれが、一年前か。
太い腕を組んだガエルは、憮然とした面持ちである。
——ええ。自分のほうが強いのに、どうしてモニク殿が司なのかと。自分より年下の私が司なのも、気に食わなかったようだ。
ジルが形の良い顎に指をあて、そう推察した。
——三色ということで、チヤホヤされていたんでしょう。それで、増長してしまった。
——実力があり、若く、しかも美人だった。自惚れ、驕り高ぶり、傲慢になっていたんだろう。自分が次の司だと思い込んでいたが、選ばれたのはモニクだった。
アナイスもガエルも容赦ないが、ジルもモニクも否定しなかった。
——レナエルは、よりによってアナイスに噛みつきおってな。こっちが肝を冷やしたわ。
強面の土司が当時を思い出し、ブルリと震える。
——耄碌したのなら、炎司の座も私が兼任してあげるわ、おばあさん! ってな。
その話を聞いた時、レナエルの命知らずぶりに、セツはガエルに同情したほどだ。
この一幕だけで、レナエルの気が強く、自信家で傲慢なのが窺える。
ガエルがその時どれほど冷や汗を掻いたか、想像に難くなかった。
——最近の若い奴らは、アナイスの武勇伝を知らんらしい。クマ殺しのアナイスに喧嘩を売るなど、恐れ知らずもいいところだ。
アナイスといえば、武闘派として若い頃から勇名を馳せた魔法使いである。
中、長距離を專らとする魔法使いの中で、彼女の戦闘スタイルは杖術を使った格闘。魔法が使えなければ拳で戦えばいいじゃない、と宣う恐ろしい老女であった。
——しかし、あの時のアナイス殿は格好良かった。
——うんうん! お黙り小娘! ってね。
怒鳴り込んできたレナエルを、アナイスは一喝したらしい。
ガエルとは対照的に、ジルとモニクはアナイスを賞賛した。
——何故自分が選ばれなかったのか。その理由がわかるようになってから出直してらっしゃいと、あの時は追い返したけれど……。
魔法使いは実力主義である。だが、人の上に立ち、組織を運営する者は、力さえあればいいわけではなかった。
けれど、もしあの時、違う対応をしていれば――司たちは、後悔を拭えずにいるようだった……。
「……その、司になれなかったことも、関係している?」
話を聞き終えると、ロワメールは顎に指を当て考え込む。
「一年前の出来事が、今回の事件に関係しているとは思えないが……。それに、復讐以外の目的があろうとなかろうと、魔法で人を傷付けることは許されない」
セツはマスターとして揺るぎなかった。それでも酒と一緒に、苦い物を飲み干す。
「もし、裏切り者になにか企みがあったとして、反撃してくるでしょうか」
カイは下船後の王子の安全を懸念した。
「どうかな……。これまで、俺に刃向かってきた奴はいないし、そもそもそんな気概があるなら……ギルドを裏切る真似はせん、だろう」
「では、裏切り者は逃亡を図るか身を潜めるか、ですね」
「逃げようが、隠れようが、魔法使いで…ある限り、俺からは……逃げられん……」
頼もしいマスターの言葉ではあるものの、セツの体はその言葉を言い終わるか終わらぬ内に、大きく傾ぐ。
「……ん?」
急に右肩に重みを感じ、ロワメールが見れば、白い髪が目の前にあった。
「セツ?」
顔を覗き込めば、ついさっきまで喋っていたセツが眠っている。
カイが慣れた動作で、セツの右手から空の杯を抜き取った。
〈カイ! 一体どれだけ飲ませたの!? セツ、お酒強くないのに!〉
眠ってしまったセツを起こさぬように、ロワメールがヒソヒソと詰問する。
五年前も養父に付き合って、セツはあっけなく酔い潰れていたものだ。
〈そうなんですよねぇ。セツ様、お酒弱いのに、誘ったらいつも律儀に付き合ってくれて〉
〈いつも!?〉
自分は自重していたのに、この側近は毎晩セツと晩酌をし、ちゃっかり友好を深めているのか!
〈いやぁ、セツ様がロワ様の王宮での様子を聞きたがって……痛い!?〉
セツを横にするため近寄ってきたカイの足を、我慢できずにゲシゲシと蹴りつける。
〈ロワ様ひどい!〉
主の横暴を訴える側近は無視して、ロワメールは明かりを消して部屋を後にする。
「セツ様、目つきは悪いけど、優しいですよねぇ」
「………」
「えーと、まだご機嫌斜めで? セツ様が、ロワ様の話を聞きたがったんですよ?」
「セツは目つきが悪いんじゃない。鋭いだけだ!」
言い捨て、カイを廊下に残してバタンと自室の扉を閉じる。
明日からは、遠慮しないで夜も部屋を訪ねよう、とロワメールは心に決める。
名付け親と過ごせるのは、裏切り者を追う、このわずかな期間しかないのだ。
あと何日あるだろう。
あと何回話せるだろう。
いくら時間があっても足りないのに。
それが終われば、セツはまた長い眠りに就くのだ……。




