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3ー62 カルチャーショック

「セツ、どうしたの?」

 ロワメールが振り返ると、セツが人混みの中で立ち尽くしていた。


「なんだ、これは……?」

 風魔法で陽気な音楽が会場中に流れるなか、集まった人々が祭りを楽しんでいる。

 カイとリュカも足を止めるが、セツがなにに驚いているのかわからない。


「これだ、これ。なんだ、この音……曲?」

「この歌?」

 どうやら流れている楽曲に、ショックを受けているようだった。


「これはギルド本部広報課所属、アンリの歌です。結構いい歌でしょ」

「そうか、ああ、なるほど」

 リュカの説明を適当な相槌で誤魔化しているが、なにがなるほどなのか。


「今は、こういう歌が流行ってるんだよ」

 ロワメールがすかさずフォローする。

 セツの文化基準は、基本三百年前だ。氷室で眠る前、子ども時代の記憶である。


(1300年代と今とじゃ、そりゃあショックも受けるよね)

 だから、普段は澄ました顔でやり過ごしているが、実は度々ショックを受けている。


 セツの子ども時代には、他国との交易はほぼない。だからセツの作ってくれる料理は、昔ながらの皇八島料理ばかりだ。

 裏切り者を処断するために何十年かに一度は起きると言っても、仕事である。


 五年前にロワメールと過ごした半年でだいぶん知識は更新されたが、あの時は大都会キヨウやダイトから遠く離れたユーゴの地方都市。最先端の文化からはほど遠かった。 


 セツも片っ端から本を読んでいるが、三百年分の知識が一朝一夕で身につくわけもなく、またどれだけ書物で知っても、実物に触れなければわからないこともある。

 明るくテンポ良く、元気に歌われる若い男性歌手の歌は、セツには未知の領域だった。


 できる限りロワメールが手助けするようにしているが、今回のように突然、三百年の空白を突きつけられることもある。


「大丈夫?」

「これが歌か……よくわからんが、そうか」

 自分がズレている自覚があるのか、年寄り扱いされたくないのか、セツはわからないものを否定しなかった。


「ん? 歌い手がかわったな」

「お、今度は歌姫セリーヌっすね」

「ほお。よくわからんが、これはすごいな」

 先程とは打ってかわり、美しく伸びやかな女性の歌声が流れてくる。わからないなりに、セツはいたく感心した。


「コンサート会場に行ってみますか?」

 そんなセツの反応に、リュカが提案する。


「こんさーと……」 

「歌い手が、お客さんに歌を歌っている会場だよ」

 セツが知らぬであろう単語を、ロワメールが説明した。


「セリーヌといえば人気歌手。今頃行って、会場に入れますか?」

「若様とマスターはフリーパスですよ。どこでもお連れできるよう、フレデリクさんが手配してくれてるんで」

 実行委員長は、権限をフル活用している。


「いや、行かんでいいよ」

 セツは歌には感心したが、歌手自体には興味がなさそうだった。


「じゃあ、少し早いですけど、そろそろ……」

「ロワサマー! マスター!」

 移動しかけた一行を呼び止める声に振り返れば、亜麻色の髪の小柄な魔法使いが人混みの中から姿を現した。






「ジュール一人? 君の友達はどうしたの?」

 一行に合流したジュールに、ロワメールが首を傾げる。てっきり、レオたちと回ると思っていた。


「レオは、まだ動き回れませんから。ボクは試合で疲れたろうからって、ディアとリーズが送って行ってくれたんです」

 それで一人になったジュールは、ロワメールたちを探したのである。


「これからどこ行くんですか?」

「そろそろ人気投票の結果発表会場に行こうと思ってたところだ」

 リュカが通路の奥を指差す。その方向に、会場があるらしい。

 しかし、歩みだす一行に反し、セツはその場に踏みとどまった。


「なあ、朝から気になってたんだが、あの屋台はなんだ?」

 めずらしく、みんなを呼び止める。


 飲食や遊興の屋台の間にポツポツとある謎の屋台が気になるらしい。

 その屋台には、魔法使いの似顔絵が描かれたカードやらポスターやらが並んでいた。しかもよく売れている。


「あれは、ギルドの屋台ですね。見ての通り、魔法使いのグッズを売ってるんです」

「………」

「貴重な財源ですよ」

「………………」

「そんな顔しない! オレたちも好きでしてるんじゃないですから!」

 セツが思いっきり顔を引きつらせていた。


 ロワメールとカイが、物珍しそうに屋台を覗き込む。司や、属性対抗試合に出場したフレデリクやジスランの絵もあった。


「ジュールやリュカのもある!」

「はは、まあ、戦闘職は花形なんで」

 リュカが照れくさそうに笑う。


「リュカさんは人気あるよね、男の子に。結構いい男だと思うんだけど、なんで女の子には人気ないんだろうねえ」

「お、おばちゃん、それ言わないで」

 顔見知りらしいギルド職員の女性が、気さくにリュカへ話しかける。


「そう言えば、ジュールさん。対抗試合、頑張ったんだって?

あんたのもさっきから飛ぶように売れてるよ」

「あ、ありがとうございます」

 自分の絵が売れる、という状況に慣れていないジュールが赤面した。


 そこで、王子様が物申す。

「なんで、セツのはないの?」


 ロワメールは心底不思議そうだった。

 最強で、一番カッコいい魔法使いなのに、何故セツの絵がないのか。


「なんでって……」

 数十年に一度しか起きないマスターなど、存在が幻すぎて売れるわけがない、と馬鹿正直に答えるわけにもいかず、リュカは咄嗟に脳内変換を施した。


「いくらがめついギルドでも、さすがにマスターを金儲けの道具にはできませんよ」

 果たして王子様はリュカの答えに満足したらしく、一人納得している。

「ふーん……」


 嫌な予感を覚えた名付け親が見れば、二色の瞳は目を逸らした。

「……ロワメール、なに考えてる?」

「べ、べつにー」


 そこで危機回避能力を発動させたセツが、ロワメールに詰め寄る。 

「お前、まさか……」


「だって、なければ作ればいいかなって!」

 王族の潤沢なポケットマネーに物を言わせようというのだ。


「ロワサマ! それいい考えです! ボクも是非三枚!」

 絶句するセツを横目に、マスターファンのジュールが賛同する。


「三枚? 多くない?」

「保管用と、飾る用と、持ち運び用です! マスターの絵を肌身離さず持っていたら、強くなれそうな気がします!」


「おー、ご利益ありそー。じゃ、オレも一枚」

「お、お前ら……」


「まあまあセツ様。売り物じゃないんだし」

 わなわな震えるセツの肩を叩き、カイがニッコリと微笑む。


「私も一枚」

「お前は絶対いらんだろ!」

 セツの周りで笑いが弾けた。


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうございます!


 3ー63 てんでばらばら は2/7(金)、昼12時台に投稿を予定しています。

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